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イトの腰を支えていた腕はそのまま、イトを部屋の奥へと促す。
震える足で歩みを進めると、程なく薄明るい部屋の中に入り、大きな寝台の上に座らされた。
イトを連れてきた人物もその隣に腰を下ろす。
イトは隣に座す人物の顔を見ることができず、ひたすら俯いて声が掛けられるのを待った。
おそらく隣にいるのが龍神様に違いない。それだけは分かった。こんなに強い神気を放つ人間などいるはずがない。
しかし、いつまでたっても声はかからない。
白い指がイトの手首に巻かれた包帯をゆっくりと解いていく。
イトはその手が震えないよう必死に力を入れているが、そうすればするほど手は震えてしまう。
解かれた包帯の下から、まだ血の滲む傷痕が現れると、さらりと銀の髪がイトの腕に零れ落ちた。
傷口に暖かなものが触れた瞬間、イトは驚いて手を引っ込めようとしたが、強い力で掴まれそれはかなわなかった。
絹糸のような髪が覆っていてよく見えないが、隣に座す人は、いや人ではないかもしれないその男は、イトの手首に唇を当てている。
柔らかな舌が傷口を這う。
「や、おやめください! 龍神様に穢れが……」
「これぐらいのことで私は穢れたりはせぬ」
その声にイトははっと顔を上げる。
髪の色も、目の色も、着ているものも、纏う空気も何もかも違う。それでも見間違うはずがなかった。
「羽根丸……?」
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