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捌
羽根丸が報せを受けたのは、月見の宴の前夜のことである。
神殿の最奥にある社は常には人の目には見えない。
その中に入ることを許されているのは僅かな神官のみ。
龍神がもう長くはない、そう聞いては羽根丸も渋々社へ赴かざるを得なかった。羽根丸は社にいる神官がどうも苦手であった。
冷ややかな眼差しは何を考えているのか読めず、神殿を厳しく取り締まりながら、自分は裏で何をしているか分からないところがある。
その上に早すぎる臨終の報せ。
人には知られていないことであるが、神とは名ばかり。龍神とて人と然程変わらぬ生き物なのだ。老いもすれば病にもかかる。そしていつか死に至る。
人と違うところと言えば、傷を癒したり、遠くを見通す力があること。そして――
「お加減は如何でございましょうか」
御簾の奥に人の動く気配がある。
母であった人はとうに身罷った。寝台に横たわる老木のような姿は、己の成れの果て。
「…………」
声はなくとも、羽根丸には龍神の言葉が聞こえた。
――もう良い。
何が、もう良いというのか。繰り返されるその言葉は穏やかに、静かに消えていく。
――森に。
亡骸は森へ還される。
羽根丸の胸の内に言い様のない怒りが燻っている。神と崇め、その実飼い殺しにしているだけだ。どこへも行けず、誰とも憩えず、人目を避けて縛りつけられている。
そして己の運命もまた同じ道を辿る。
龍神の血を絶やさぬよう子を成すためだけに巫女を召し上げ、己の無聊を慰める為の道具として閉じ込める。
それでも、その運命を受け入れざるを得ないのは、この身が神などではなく化け物だからだ。
羽根丸は寝台に歩み寄ると、父の姿を見下ろした。
硬い鱗に覆われた肌。龍の鱗と言えばまだ聞こえは良いだろう。だがそれは樹皮だ。神の木が気まぐれに作り出した人と木の化け物。
いずれ自分も……。
そんな恐ろしい運命を一人で耐えてゆくことができるだろうか。
羽根丸の心に明るく暖かな陽射しを送り込む一人の娘を、酷な事だと分かっていても諦めることなどできない。
それに、神官たちが龍神の血を絶やすことを許すはずがない。
その事に安堵する自分に、羽根丸は気付かない振りをする。
社を出ると、羽根丸の足は無意識にイトを探して厨に向かう。
「イト!」
呼べば愛くるしい目を向ける少女。
「羽根丸、明日は月見の神事でしょ。お団子作らなきゃ」
――龍神の嫁はそなただ。
神事が終わったら、自分の口から伝えよう。羽根丸はそう心の中で呟く。
背を向けた少女の黒髪を一筋掬いとり口付ける。
イトが振り返った時にはもう、羽根丸は背を向け歩いて行くところだった。
「何の用事だったんだろ……」
イトは首を傾げてその背を見送った。
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