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「イトよ。三人の巫女の中から龍の嫁を選べと長老が仰る」
神殿の板間の上に胡座をかいた羽根丸の背中はすっと伸び、イトを真っ直ぐに見ている。
羽根丸は神官として社に使える若者で、歳の頃は二十歳ばかり。
おなごのような白く細い顔に、唇は紅をはいたように赤い。
十二で巫女になったイトは、もう三年もこの男と寝食を共にしている。
「龍神様のお嫁さま? それならノリが一番ふさわしいのでは?」
「なぜそう思う?」
「わたしは嫁に行く気がないし、カノはまだ幼い。ノリは歳の頃も、見目の麗しさも申し分ない」
「龍神がイトが良いと申したらどうする」
「わたし? そんなことはありえないと思うけど、できることならお断りしたい」
「何故だ」
そう問い返す羽根丸の柳眉が逆立っているのは何故か、そちらを問いたいとイトは目を丸くする。
「わたしは、巫女の任を終えたら村を出て旅をしたい」
イトがそう答えると、羽根丸は大袈裟にため息を吐いて、暑くもないのに扇を開いてパタパタと扇ぐ。
「またそのような世迷い言を」
「世迷い言じゃない。もう何度も神の木から聞いてる。わたしはここには長くいないって」
イトが巫女になったのは、神の木の声を聞くことができたからだ。
何と言っていたのか、神官にそう問われたイトは、間もなく日照りが続く事を伝え、村人は事前に水を貯め日照りをしのいだ。
それがイトが八つの時だ。それ以来、イトは巫女になることを定められ、龍神の社に起居している。
他の二人の巫女は代々多く巫女を輩出した家から選ばれた。二人ともそれなりに裕福な家の娘で、普段は実家に住み、神事の際にだけ神殿にやってくる。
家族も家もないイトとは違う。
イトが龍神に選ばれるはずがない。
故にイトはいつだって気楽に、自分に正直に生きている。
そんなイトを羽根丸はどこか悔しそうに見ている。龍神の嫁にはイトしかいない、その目はそう語っているが、当の本人にはまるでその気がない。
羽根丸は音を立てて扇を閉じると、イトがせっせと作っている供物の団子を一つ二つ摘み上げた。
「あ、羽根丸! 返しなさい」
イトが背中を向けた羽根丸に手を伸ばす。
既に一つは羽根丸の胃に収まってしまった。もう一つを食べられないうちに取り返さなくては、積上げた時に綺麗な山にならない。
逃げ足の早い神官を逃すまいと板間に駆け上がったイトは、勢い余って倒れそうになり、羽根丸の衣の裾を掴んだ。
驚いた羽根丸が身を翻してイトを抱き止め、わぁと叫ぶその口に団子を放り込んだ。
「ふむ。これでイトも共犯だな」
口の中の団子のせいで、イトは文句も言えず、羽根丸の腕を叩いた。
愉快そうに笑う神官を睨みつけ、イトは仕方なく土間に降り、二つの椀に白湯を注ぐ。
一つを羽根丸に差し出せば、羽根丸は綺麗な仕草で袖を捌いて手を伸ばす。
その手は茶碗ではなく、イトの頭を撫でて立ち去っていく。
いつもながらおかしな神官様だ。イトは二杯の白湯を飲み干し、また団子作りに取りかかった。
今宵は満月。月見の神事が行われる。
どこかのお貴族様が御札を納めにくるとか。イトは意図せず味見をすることになった団子の出来栄えに一人満足気に頷いた。
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