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内裏の一部が燃え落ちた翌朝、幸いにして死者は出ておらず、他の殿舎への延焼も防げたとの報せを受け、春尚は胸を撫で下ろす一方、眉を顰めた。 常雅がまだ帰っていないのだ。宿直の者は既に皆帰ったと聞いているが、弟の姿が見えない。 もしや怪我をして動けなくなっているのではないかと探し回ったが、日が傾く頃になってもその行方は杳として知れず、果ては常雅が放火犯なのではないかという声まで聞こえてくる始末だった。 春尚は急ぎ、常雅は酷い火傷を負ったためしばらく参内できないとの文を近衛府へ送り、密かに常雅を探すことにした。 そこでふとイトのことを思い出し、神殿に向けて馬を走らせた。 これだけ都の中を探してもいないとなれば、イトが神殿へ帰ってしまったことを知って追いかけていったのではないかと思ったのだ。 けれどもう一つの懸念も捨てきれない。ここのところ常雅を狙った刺客の動きが活発化している。 内裏の火事が常雅を狙ったものだと考えるのはさすがに行き過ぎているとは思うものの、その混乱に乗じて命を狙われたとしてもおかしくはない。 幼い頃より幾度となく拐かされてきた常雅であるが、無類の強運の持ち主でもある。いつも振り回しているようで振り回されているのは春尚の方だ。 神殿に駆け込んだ春尚がイトを呼ぶと、神官たちは困ったような顔で取り次ぎはできかねると言う。 「では、こちらに常雅は来ておらぬか」 神官たちは顔を見合わせ首を傾げる。 春尚は何やら煮え切らない神官の態度に、再びイトを呼んで欲しいと詰め寄った。 外はすっかり日が暮れ、今から馬を走らせて帰るのは困難だ。今日のところはこれ以上探すあてもない。 そういえば、あの女顔の神官の姿が今日は見えない。 「あの妙に綺麗な顔の神官は今日はいないのか」 一人の若い神官が他の者たちに押されるようにして前に出る。 「お、お二人共龍神様のお社におられます。お会いになることはできません」 早口にそう言って頭を下げるとそそくさと下がってしまう。 春尚はその後を追いかけ、神官の一人をつかまえた。文字通り襟首に手を掛けると、神官は両手をばたつかせながら喚き、震え上がっている。 怖がらせるつもりはないのだが、急いでいるため多少手荒になることもやむを得ない。 「先日イト殿に怪我をさせてしまった詫びを持ってきたのだが、直接会って怪我の具合を確かめたい。少しでいいのだ。取り次いでもらえぬか」 まだ歳若い神官は春尚の剛力に涙目になっている。 「分かりました。分かりましたから離してください。お伝えはしますが、龍神様のお許しがなければお会いにはなれませんよ」 「分かった。それから大事な話があると伝えてくれ」 摑んでいた手を離すと、神官は怯えるように早足で神殿の奧へと消えていった。 春尚は大きく息を吐き、イトが出てきてくれるのを待った。
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