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目が覚めてから社に上がると、羽根丸はいつもと変わらない様子でイトを出迎えた。 一緒に食事をとり、イトの首についた痣に気付くと即座に癒してしまう。 何度も外そうと試みた御守りは決してイトの首から外れなかったというのに、羽根丸はいともあっさりとその紐を断ち切ってしまった。 「神官が勝手にやったことだ。許せ」 眉根を寄せ、その目を陰らせてそう言う羽根丸に、イトは胸の中にもやもやとしたものを感じて箸を置く。 「羽根丸、昨日どうして一人で神の木に行ったの」 羽根丸はイトから目を背ける。 「龍神の務めだ」 「嘘だ。……胸が、痛むんでしょ? それをわたしに隠そうとした」 答えずに黙り込む羽根丸にイトは続ける。 「隠されても嬉しくないよ。わたしをお嫁に選んだことだって何も言ってくれなかった。羽根丸はわたしをどうしたいの?」 話しているうちに怒りが込み上げてくる。今までにも神殿の中ではイトには知らされずにいろいろなことが行われてきた。イトのような子どもが知る必要はないと、大人たちはどんなことも密かに決めてしまい、何の力も持たない者はそれに従うのみだ。 けれど、今回のことはイトに直接関わることだ。神官たちが黙っていたとしても羽根丸だけは話してくれるべきだった。イトはそのことが腹立たしく悲しかった。 「羽根丸、わたしは龍神様のお嫁にはなれない」 「イト……」 「一生巫女のままでもいい。でもっ」 嫁にはならない、その言葉を言う前に羽根丸の衣がイトを(くる)む。 「止めろ。それ以上言うな」 強く抱き寄せられ、言葉とは裏腹に羽根丸が震えているのを知る。イトは羽根丸が自分を失うことをどれほど恐れているかをその時初めて知った。 「話すつもりだった。月見の神事の後、お前に嫁になって欲しいと言うつもりだった。それなのにお前はいなくなった」 その言葉にイトの怒りはふっと消え失せた。 イトは羽根丸の背に腕を回し、ぽんぽんと優しく叩いた。 「ごめん。先に心配かけたのはわたしの方だったね」 羽根丸は腕を解くと、イトをじっと見つめる。そしてイトの手を握るとその手を自分の胸元へと引き寄せた。 イトの手に硬いざらついた感触が伝わる。 「私の皮膚は次第にこの硬い鱗に覆われていく。……これができる時、少し、……痛むのだ」 隠しておくつもりだった言葉を、羽根丸は瞼を震わせながら呟く。 「それで昨日……」 痛みより、恐ろしさの方が強い。小さなイトの体に縋り付きたいほどに。 「これが身体中を覆ってしまえば私は化け物のような姿になる」 イトは自分の手に触れている鱗を見た。黒くガサガサとした樹皮のような肌。まだ掌ほどの大きさだが、これが広がっていると言う。しかも痛みを伴って。 「……逃げても良い」 その言葉をどんな思いで口にしたのか、イトは泣きそうになりながら首を何度も左右に振った。 「逃げたりしない。羽根丸から逃げたりしないよ」
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