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主上のお召しになっている装束が女性の着る濃きの袴に単のそれであり、束帯姿とはいかぬまでも直衣や狩衣でなく、何故に女人のそれであるのか。
その上、そう見てしまえば最早女人にしか見えない。
常雅が驚き狼狽えているのを主上はおかしそうに見ている。
「知っているか、常雅、いや鴉。九条の若君が命を狙われるのは女帝の婿にと右大臣が推しておるからよ」
「なっ」
「先帝の皇子は三人。どれも食うに食えぬぼんくらどもだ。故に私が立ったが、この国に女帝は受け入れられぬと言われ、今まで隠してきた。婿を迎え入れ右大臣が擁護すれば多少は変わるかもしれぬ。しかし神殿が口を挟んできたのだ」
「神殿が?」
「この国は朝廷と神殿がそれぞれに不可侵であり、均衡を保ってきた。帝は龍神に様々な吉兆を占っていただき、それを政に活かす。神殿は龍神と朝廷を繋ぐ役割を持っている。その神殿が女帝には協力出来ぬと言ってきた」
「神殿にそのようなことを言う権利はないはず」
「そうだ。だが神殿はどうやら左大臣と繋がっているらしい。今回、それを暴く為に私は内裏から出る必要があった。内裏には左大臣の息のかかった者がひしめいているからな」
「何も主上御自らこのような場所にお出ましにならずとも」
「愚兄に私の苦労を知って頂く為にも、一度任せてみようと思うてな。……やれるものならやってみるがいい」
空を睨んで不敵に言い放つその姿は、相当怒りを溜め込んでいるのだろうと常雅はそれ以上は言わず頭を垂れた。
何やらややこしいことになってきた。痛むこめかみを抑えて常雅は状況を掴もうと必死に考えを巡らす。
これまで男性だと思っていた主上が女人だった。それはまだ理解できる。自分が帝の婿候補だったということも、有り得ることだ。そして今回の火事は主上が内裏を抜け出す為の方策の一部だったのだろう。
主上がこの先女帝としての地位を固めるべく、左大臣派を抑え、右大臣の力を利用するなら、常雅の立場はどうなるのだろうか。
婿となり帝を支えることになるのだろうか。
それはこの上ない出世であり、誰もが望むことだろう。
だがしかし、常雅の胸の内は靄がかかったようにすっきりとしない。
もし、神殿と争うようなことになれば、自分はイトに刃を向けることになるのだろうか。
常雅はとてもそれ以上考える気になれず首を振った。
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