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その頃、イトは羽根丸から許しを得て翌朝の出立に向けて準備をしているところだった。
巫女装束は人探しには目立つ。目立つ方が良いかもしれないが、イトは九条邸から持ち帰った水干を今夜のうちに繕ってしまおうと早々に自室へ引きこもった。
直してから返そうと持ち帰った衣が、こんなところで役にたとうとは。
ただ、残念なことに烏帽子は置いてきてしまった。腰まで届く長い髪は邪魔なだけでなく、水干姿には似合わない。
イトは裁縫箱の中から糸を取り出し、それで髪をきつく結わえた。
ぐるぐると毛先まで縄のように縛ってみたが、よけいに重く、動き辛い。
イトは街で見かけた軽業師のことを思い出していた。
背の中ほどまで伸びた髪を頭の上に捻り上げたかと思えば、何やら箸のようなものを突き刺して、器用に固定していた。自分でもあれをやりたい。イトは一度やりたいと思ったら何が何でもやりたくなる性分だ。
そのためにはやはりこの長さは邪魔でしかない。
羽根丸に怒られるだろうか、としばし思案するも、自分の髪を切ろうと伸ばそうと自分の勝手ではないかと思い直す。
そして次に思い出したのは、腕に刺さった矢を剣の一閃で切り落としたあの時の常雅の姿だった。
常雅が傍にいたなら、この髪をすぱっと綺麗に切り落としてもらえたかもしれないのに、とイトはまた思案する。
そもそも常雅なら、絶対にイトの髪を斬ったりはしないだろうことはイトの頭の中にはなかった。
常雅はいないが、今この神殿には春尚がいるではないかと、イトは部屋を飛び出したのだった。
「春尚殿! ここを刀ですぱっと切り落としてもらえませぬか」
春尚は驚きのあまり、ぽかんと口を開けて座したままイトを見上げていた。
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