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イトは一つに縛った髪を持ち上げ、両手に掴み春尚に向かって差し出す。
「な、そのように長く美しい髪を切るなど勿体ない!」
「髪はまた伸びます。今は邪魔でしかありませぬ」
いたって真面目な顔でイトは髪を捧げ持ったまま、ぺたりとその場に膝をつく。
「お願い致しまする。わたしは包丁以外の刃物を持っておりませぬ。どうか、すぱっと」
「そのようなことを言われても……。後で後悔しても知りませんよ」
「切った髪はかもじ(つけ毛)に致します故、問題ございません」
「そうまで仰るなら、いやしかし、まさか常雅を探すためならそこまでしていただく必要は全くござらぬ。イト殿の美しい髪を切ったとなればわたしが常雅に怒られる」
「常雅殿は関係ございませぬ。わたしがあれをやってみたいのです」
「あれ、とは?」
イトが街で見た軽業師の話をすると、春尚は顎を撫でながらははぁと唸る。
「西の大陸から来たという踊り子たちが確かにそのような頭をしておったが……。イト殿、神官殿に叱られますよ」
ずいと身を乗り出して声をひそめる春尚に、イトも額を突き合わすように身を乗り出す。
「神官など怖くはありませぬ!」
「では」
「はい」
「いきますよ」
春尚は膝立ちになって刀に手をかける。
イトはめいっぱい左腕を伸ばし、右手は耳の横で髪を掴む。
春尚の剣の腕がどれほどのものか分からないが、下手をすればイトの肩や手を傷つける恐れもある。
思わずぎゅっと目を閉じて顔を背けた。次の瞬間、両端に向けて引っ張っていた手が支えを失ったように離れ、イトは後ろにころんと転げた。
あっという間のことだった。
イトの背にはらりと落ちた髪は綺麗に弧を描いている。
幼い頃の振分髪を思い出し、イトは頬が赤くなる。
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