拾壱

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春尚はやってしまったというような苦い表情で刀を鞘に納めている。 イトは切り落とされた髪を持ち上げてみる。惜しくはなかった。軽くなった肩に、笑いが込み上げてさえくる。 「イト殿を見ていると、大空を羽ばたく鳥を見ているようだ」 春尚がしみじみと言うので、イトは不思議そうに首を傾げる。 「なぜですか?」 「人は皆誰しもしがらみの中で生きている。こう在らねばならぬと、羽をもがれた鳥のように地を這いつくばって生きておるのです。しかしイト殿はまだ羽をもがれてはいない。籠から出さえすれば大空に羽ばたける。そんな気がしたのです」 そう言って笑みをこぼす春尚に、イトは胸がとくんと鳴ったような気がした。 「そうだ。髪をまとめるのに細く長い箸のような物が必要でしょう。ちょっと待っていてください」 春尚はそういうと、部屋の隅から矢を一本持ってきて、膝で半分に折ると、懐から小刀を出して先を削り始めた。 「さあ、どうぞ。鳥のようなイト殿に似合うかな」 先がほんの少し赤く塗られた矢羽を残したそれは、確かに軽業師が髪に刺していたものに近い太さと長さだった。先は丁寧に削られ丸くなっている。 「ありがとうございます、春尚殿!」 無邪気に喜ぶイトに、春尚の胸の内に何か暖かいものが灯ったような気がした。慌てて春尚はイトから目を逸らす。 弟の想い人に懸想など、あってはならない。しかも相手は一回りも歳下なのだ。 ふうと息を吐いた春尚に、イトが心配そうな顔で覗き込んでくる。 「巫女殿は、いずれ主上の元に往かれるのですか」 春尚はふとそんなことを聞いたことがあるような気がして尋ねた。 「わたしは貴族の娘ではありませぬ故」 イトは小さな声でそうとだけ答えた。 まだ完全に龍神の花嫁となったわけでもない。 「そうですか」 とりあえず、主上が常雅の恋敵にならなかっただけ良かったと春尚は安堵する。 「明日は朝早い。もうお休みください」 イトはこくりと頷くと部屋を出ていった。 途端に部屋の中が少し寒くなったように感じて、春尚は両腕を擦った。
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