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ガサリと枝葉が揺れる。 鳥が一斉に飛び立った。思わずそちらを見上げれば、茜色に染まる空。木の下は暗く、何が落ちたのかは近付かなければ見ることができない。 その時、背後から再び矢が飛んできた。 常雅(ときまさ)は剣を抜き、春尚(はるなお)は矢を放つ。 降り注ぐ矢を払い、春尚の矢が一人、二人と木の上の敵を射落とす。 「やっぱり護衛を連れてくるんだったなぁ」 春尚はそう言って地面に刺さった敵の矢を抜きとって検める。 「兄上一人で十分ですよ」 常雅は息も切らさず軽口をたたく兄に苦笑いでそう返す。 この蓬莱(ほうらい)の国に兄より強い者はいない。 ふと、銀杏の木から再び物音がした。 春尚は流れるような動作で、狙いを定めるでもなく一本の矢を放った。 威嚇のつもりだった。 「ヒャアッ」 女の声だ。 走り寄って見れば、銀杏の幹に衣の袖を矢で縫い止められた女がいた。 「誰だ!」 春尚が誰何する。 「そ、そっちこそ! 神の木に矢を射掛けるなど……」 女の声は途中で途切れ、小さな呻き声と荒い息に変わる。 「怪我をしているのか」 常雅が問うた瞬間、女の体が傾いた。 縫い止められた腕だけが白く浮き上がって見える。 矢は、手首を貫き幹に刺さっていた。白い手首を血が伝い落ちていく。 「……巫女か……!」 走り寄ってその体を支えた常雅は、その姿から神殿の巫女だと気付いた。 「すまぬ」 痛みに耐えながらも、こちらを睨みつけてくるその目に、常雅は背筋を強い痺れのような感覚が走るのを覚えた。 言い様のない感覚だった。ずっと探していたものを見つけたような、今生(こんじょう)にこれ以上の宝を見つけることなどできないと悟った時のような。 「早く、……早く抜いて!」 絞り出すような声に常雅ははっと我にかえる。 「兄上!」 春尚を呼び、少女の体と腕を支えて貰うと、剣を一閃させ矢を切り落とした。 腕先スレスレを、ほとんど振動を与えずに綺麗に両断した腕前に、春尚は舌を巻く。 傷口の上を紐で縛り、そっと腕を引くと、血が溢れて飛び散り、少女は力を失って倒れた。 常雅は腕の中でぐったりとしている少女に、こちらの血の気が引くのを覚えた。 血が出過ぎている。このままでは命が危ない。 常雅はただ少女を助けなければという一心で少女を抱え馬を走らせた。 ころころと転がった団子は踏みつぶされ、その夜の宴に供されることはなかった。
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