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「巫女殿、怪我の具合は……」 昨日、矢傷を負わせた少女だと気付いた春尚が容態を問う間も与えず、 「街へはどう行けば?」 小柄な少女は爛々と目を光らせて春尚を見上げてくる。 「街? 何か入り用の物でも?」 「せっかく、神殿を出たのだから、都見物をせねば!」 白い拳を握りしめて、力強く言い募る少女に面食らう。 弱り果てたような常雅が、ふと少女の手首に血が滲んでいるのを見て、慌ててその腕を掴む。 「いけません。ご覧なさい。力を入れるものだからまた傷口が開いたではありませんか!」 「大した傷ではありません。それより早く行かねば迎えが来てしまう」 ぴょんぴょん跳ねんばかりの勢いに、心配顔の常雅とは反対に春尚は笑い出してしまった。 「都は初めてですか?」 「はい。あ、お二人がわたしを助けてくださったのですね。ありがとうございました」 少女は深々と頭を下げる。 「いいえ、違うのです。怪我をさせたのは私なのです。故に手当てをするのは当然。街へ行きたいと言うなら、この弟の常雅がお供致します故、もうしばらく養生されては如何か」 春尚はちらちらと常雅の顔を伺い面白がっている。 「そ、そうです。矢傷を甘く見てはなりません。それに朝餉もまだだ。 兄上、神殿には事情をお話しくださったのでしょう?」 常雅の常にない狼狽ぶりがおかしくて仕方ない春尚は、もちろんだと大袈裟に頷いて見せる。 「羽根丸が、……その女のような顔の神官が何か言っていませんでしたか?」 春尚は一晩中写本をさせられた相手の顔を思い出しげんなりする。 何か言われた、などと言う生易しいものではない。今すぐ連れ戻せと言わんばかりだった。 怪我人を連れ回すわけにはいかない。弟が手当てをするために連れて行ったので心配ない。お任せ下さいと何度頭を下げたことか。 「随分心配されていたようですよ」と言いかけて春尚は口を噤む。 それほど心配なら迎えにくれば良い。 「こちらでゆっくり養生するように、とのことです」 「嘘!? 羽根丸がそんなことを?」 大きな目をぱちぱちと瞬いて、巫女は春尚を見上げてくる。 歳の頃は十五、六。愛らしい顔に、くるくると表情の変わる、どうにも目の離せない少女だ。 そんな少女を心配気に見つめる常雅はと言えば、未だかつて見たことのないような優しげな眼差しをしている。 「何も心配は要らぬ故、こちらでゆっくりと養生なされよ」 明日にでも帰らせろと言わんばかりだった神官の顔を思い出して春尚は内心で舌を出す。 そして常雅の肩を叩いてしっかり面倒を見てさしあげろ、と言いおくと春尚は自室へと引き上げた。 弟の初恋を応援してやろう、そんな兄の内心を知ってか知らずか、常雅はその日少女に張り付いて離れなかったのである。
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