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常雅(ときまさ)殿! 見てください、小猿があのように梯子を使って芸を! あ、あれは何でしょう?」 見る物全てに目をキラキラと輝かせ、イトは常雅の袖を引く。 「飴ですね。召し上がりますか? 甘くて美味しいですよ」 三日の間、イトを何とか屋敷内に留め置き、遂にこの日市場へやってきた。実際のところ、痛みは相当なものだったはずで、イトはあれから一昼夜熱を出していた。 それでも、痛いとも苦しいとも言わず、ただただ街を見たいとそればかり。あまりに行きたがるので、もうしばらく養生させたかった常雅も遂に首を縦に振ることになった。 巫女装束では目立つため、何か着替えを用意しようとしたところ、着替えて出てきたイトに常雅は大いに面食らうこととなった。 「巫女殿、その出で立ちは一体……」 垂衣(たれぎぬ)姿を想像していた常雅は、折烏帽子に童水干姿のイトを見て、ぽかんと口を開けたまましばらく立ち尽くしていた。 よもや、男の(なり)で現れるとは。 「常雅殿、巫女殿ではなく、イトとお呼びください。さあ、参りましょう!」 まだ時折痛みに顔をしかめることもあるというのに、イトはぴょんと簀子(すのこ)を飛び降り、あらぬ方へと歩き出す。常雅が間抜けに驚いていようが気に止める様子もない。 「イト殿、そちらではありませんよ」 目を離したら最後、イトは街で迷子になるに違いない。常雅はイトから一時も目を離すまいと誓ったのである。 それにしても、くるくると表情を変えながら店先を覗き込むイトに、常雅はいろいろと買い与えたくて仕方ない。そんな気持ちになるのは初めてのことだった。 イトが目を輝かす物全て、屋敷に持ち帰りイトを楽しませたい。そんなことを考える自分に、常雅は気恥ずかしくも胸が高鳴っている。 それに、イトが目を向ける物が不思議なことに常雅にも常と違って見えるのだ。 子どもの頃には物珍しくもあったが、元服してからは市を賑わす旅芸人や、甘い菓子に興味を持つことなどなかった。 それがどうしたことか、イトが「あれは何、これはどうなっているのか、このような物は見たことがない」などと言う度に、常雅の目にも確かにそれが物珍しく映る。 そうかと言って、イトが物をねだることはなく、常雅が買うと言っても要らぬと言う。 「せっかく来たのですから、これなど手土産にされてはどうです?」 常雅は珍しい異国の茶葉を指し示す。茶葉なら日持ちもするし、皆で分け合うのにも丁度良い。 しかし、イトは首を横に振って、残念そうにしながらも、きっぱりと答える。 「神殿には持って帰れないから」
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