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「何故です?」 「龍神の神域にはそぐわぬ物だからです。神域の気を乱せば神の木が疲れてしまいます」 まるで謎かけのようにそう答える。 「神の木とはあの大銀杏のことですね?」 「神の木は森を守り、巫女は神の木を守る」 「それではイト殿はずっとあの森を離れられないということですか?」 イトはそれには答えず、湯気をあげる蒸籠(せいろ)が積まれた店先へと駆け寄っていく。 慌てて後を追いながら、常雅は見えない糸がイトを絡めとっているような気がした。そして己の足にもまた別の糸が絡みついている。 よりきつく縛られているのは常雅の方かもしれない。蝶のように飛び回るイトの姿を見て、常雅は踏み出すことのできない己の足に目を落とした。 再び目を上げた時、さっきまでそこにいたイトの姿はどこにも見えなくなっていた。 イトは初めて見る街の賑わいに、目が回るほど心が浮き立ってしかたなかった。 神殿の穏やかな暮らしが嫌いなわけではない。 むしろ、普段がそうであるからこそ、街の活気は新鮮で面白くてしかたないのだ。 そして何より、隣にいるのが羽根丸ではないところがいい。 これも羽根丸のことが嫌いというわけではない。ただ、今ここにいるのが羽根丸だとしたら、イトは心から神域の外の世界を楽しむことはできないだろうと思えた。 羽根丸は神域そのもののような空気を纏っている。 普通の人が持たない、特別な何かを常にその体から放っている。それが、イトが見たい物を見たり、行きたい所に行くことを阻んでいるような気がするのだ。 それは籠の中の鳥になったような気分に近い。 守られている代わりに、自由はない。 イトはまだズキズキと痛む左の手首を見た。自由の代償は痛みを伴う。 羽根丸の怒った顔が目に浮かぶ。神の木を血で汚してしまった。 ――今日だけ……。 振り払っても振り払っても追ってくる影から逃れるように、イトは目についた物に向かって駆け出した。 「早く、戻ってこい……イト」 そんな羽根丸の声が聞こえたような気がした。 その一瞬、前を見ていなかったイトはドンと誰かにぶつかってはね飛ばされそうになった。 あっという間に三人組の男たちに囲まれ、首根っこを掴みあげられる。 「これはこれはどこぞの御屋敷のお坊ちゃん。歩く時は前を向いて歩けと教わらなかったか?」 イトを頭のてっぺんからつま先まで値踏みするように見て男達は嘲笑う。 目の前の男が、後ろの二人に顎をしゃくって合図すると、イトの口に何かが詰め込まれた。次の瞬間には肩に担ぎあげられ、両足首を痛いほどの力で掴まれていた。 握った拳で必死に男の背中を打ちつけるも、イトの力でどうにかなるものではなかった。 それどころか、手首の傷が悲鳴をあげる。塞がりかけていた傷が開き血が滲んだ。 先程まですぐそばにいたはずの常雅の姿も見えない。 暴れるイトのお尻を男が平手で叩いた。そしてまた何が面白いのか、ガハガハと笑ってはどこかへ向かって歩き出す。 イトは悔しさに涙が込み上げるのを必死に堪えた。
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