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口の中に押し込まれた布切れのような物を必死にかきだそうとすると、隣にいた男がイトの手を掴み捻りあげる。 イトは痛みに目の前が真っ赤に染まったような気がした。男の太く汚い指がちょうど傷口の上を押さえつけてくる。 あまりの痛みに身を捩った際、烏帽子が外れ押し込めていた髪がはらりとこぼれた。 男の手がイトの髪を掴み上げ、顔を覗き込む。 「お前、もしや女か……!」 睨み返すイトに、男は下卑た笑いを向ける。 「こりゃいい。九条の若様が連れ歩いている童はどこぞの姫というわけか」 九条の若様というのが、常雅のことであることはイトにも分かった。そしてこの状況が常雅に良くない結果をもたらす恐れがあることも。 世話になった相手に迷惑をかけるほど身勝手にしつけられてはいない。 どうにか逃げ出さなくては。しかし、どうやって? どう足掻いてもイトの力で屈強な男三人を倒せるはずはない。 隙を見て逃げるしかない。 イトは抵抗をやめ、おとなしく男の肩に担がれたまま機をうかがった。 やがてあばら家に入った所で、イトは積み上げられた藁の上に放り投げられた。 舞い上がった埃と藁屑に咳き込む。 男たちはニヤニヤとイトを見下ろしており、今の状態では走って逃げても直ぐに捕まるだろう。 イトはじりじりと後ずさりながら、なるべく怯えた風に身を縮め、片手で武器になりそうな物を探る。 固い小石のような物に触れ、気取られぬようにそれを握り込む。 男の一人が、イトの前にしゃがみこんだ。 「本当に女かどうか確かめてみよう」 そう言って水干に手を伸ばす。 イトは力任せに小石を握った手を振った。 けれど、相手に痛手を与えるどころか、むしろそれまでおもちゃを弄ぶようだった軽い動きが、荒々しく容赦ないものに変わる。 男はイトの襟先を掴んだ。 上等な絹でできた水干が音を立てて裂け、袴の紐も解かれひき下ろされる。 最早、機をうかがうどころではない。このまま手篭めにされ殺される。イトの頭の中で早鐘が鳴る。 男の手が剥き出しになったイトの肩に伸びようとしたその時、ガタンと音がして戸板が倒れた。盛大に埃が巻き上げられ、男たちは何事かと身構える。 その隙にイトは走った。 「あ、おい!」 男の手が追ってくる。邪魔な袴はこの際脱ぎ捨てていた。土煙の中へ飛び込んだイトを外から入ってきた人物が腕の中に抱えこんだ。 まだ仲間がいたのかと、イトは絶望的な気持ちになる。 「イト殿!」 頭上から自分に向けられたその声は常雅だ。 イトの足から一気に力が抜ける。情けなく涙も溢れた。 「遅くなってすみません。お怪我はありませんか」 常雅の声がイトに安心感を与える。大柄で粗野な男たちに比べれば、常雅は細身でとても強そうには見えない。それなのに、常雅が負けるとは思っていなかった。 常雅はイトを背に庇い、男達に対峙する。
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