151人が本棚に入れています
本棚に追加
/264ページ
壱
爽やかな春風が、柔らかな草を撫で吹き抜ける。
耳を澄ませば、渡りゆく鳥たちの羽音まで聞こえてきそうなほど穏やかな昼下がり。
イトは樹齢数百年の大木、神の木と呼ばれる銀杏の木を見上げている。
その奥に広がる森の深さは、迷い込めば出てこられぬほど。故に、神の木は人が迷い込まぬようそこに立って見ている。
そして巫女は、神の木の言葉を人々に伝える。
今日も、イトが耳を澄ませてみても、木は何も語らない。
木が語る時は何かが起こる時。
「今日も平和だ」
イトのつぶやきは風に乗って森の奥へ吸い込まれた。
最初のコメントを投稿しよう!