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透明の涙
「そんな言葉、聞きたくなかったよ、直木」
「でも、これだけは直接、君に最後に伝えたかったんだ、夏生」
――下校して誰もいなくなり、俺『霧島(きりしま)夏生(なつお)』と、その親友『佐藤(さとう)直木(なおき)』だけとなった放課後の教室に眩しい夕陽が差し込む。
俺と直木は高校の入学式で偶然知り合った。付き合い自体は浅いものの、不思議と馬が合うというか、波長が合うとでもいうのか、俺達は瞬く間に意気投合して何をするのも何処へ行くのも一緒だった。こいつと一緒なら何だってできるぐらいの気持ちにさせてくれた。
いつもの放課後、俺は学校の帰りに直木と二人で何処かへ遊びに行こうか、なんて考えていると、直木が「君に聞いてもらいたいことがある」なんて、意味深に言うものだから教室のみんなが下校して誰もいなくなるまで俺と直木は何を話すこともなく教室に待機した。
不思議と時間の流れがいつもよりも遅く感じ、眩しい夕陽に包み込まれているような感じのなか、まるで走馬灯のように俺と直木が出会ってから今までの思い出の数々が一気に頭の中を駆け巡った。
その感覚はと言えば、頭のなかに小さなビジョンがいくつもあって、それぞれの思い出が複数で同時再生されているような感じだった。再生速度は決して通常の人間では認識できないぐらいの速さで再生されているそれを何故か俺はスムーズに認識できていいるし、理解もしている。
お互いがその時、何を話しているかということも、まるでこの間のように思える。
それからしばらくして、ようやく俺と直木以外の生徒が下校し、誰もいなくなった教室で直木が意を決したような視線をこちらに向けながら淡々と話し始めた。
直木が話している時に俺は一体どんな顔をしていたのだろう。話の最初から最後の方に至るまでに様々な感情、困惑、衝動、怒り、悲しみ。それらの複雑な感情が目眩(めくるめ)く駆け巡っていたが、何故か俺は、直木が話していることに口を挟むことはなく、親友の独白を黙って聞いた。
俺の親友『佐藤直木』は今から三十年後の未来から、ある人物の観測のために現代であるこちらに送られてきたAI搭載型のアンドロイドなのだという。ある人物とはクラスメイトの『神津(こうづ)孝(たか)敏(とし)』だ。
直木曰く神津は高校卒業後に海外留学し、向こうの大学を主席で卒業、その後はIT関連の会社を起業し、その数年後にはAI搭載型アンドロイドの世界的普及という大規模な革命を起こす人物なのだという。
直木は神津が神がかり的な発明家になる過程のデータを観測するために送られ、直木に任された期間は高校在学中の期間であり、その期間が迫っていることから最後に自分が人間ではないこと、未来に戻らなければならないことを俺にどうしても話したかったのだという。
それに、高校在学中の間だけとはいえ、直木自身もAIでありながら俺と一緒に過ごしたい、意思疎通がしたい、楽しいという感情が芽生え、いつしか親友と思えたのだという。その親友に何も真実を話さないまま黙って未来に帰ることは考えられなかったのだという。きちんと面と向かって真実を話したうえで伝えたかった言葉。
それは……
「AIの僕と親友になってくれて、ありがとう」
だった。
「ほんと、さっきも言ったけど、聞きたくなかった言葉だよ、直木」
「僕だってAIだけど、話すには勇気がいったよ。ずっと言えなかった言葉だし」
直木は人間臭い仕草で照れくさそうに頬をかいている。黙っていれば本当に人間に見えるから未来とはかくも恐ろしいというか、それを当たり前の時代にしたクラスメイトの神津が恐ろしい。
「でも直木、そんな未来のこと、俺に簡単に打ち明けてよかったのか?」
「うん、心配いらないよ。万が一夏生が歴史改変にまつわる不測の事態を起こしたとしても、未来の人間が歴史への対処をするよ。ただ、その時に僕は問題を引き起こした対象として廃棄されるだろうけどね」
「穏やかじゃないな……」
「大丈夫、親友の君だから、きっと大丈夫」
じゃあ、その親友の信用に応えないとな、俺も。
そして、俺もこいつに言わなきゃな、ちゃんと。
「なあ、直木。俺からもいいか?」
「うん、なんだい?」
「人間の俺と……親友になって……くれて、ありがとう……」
とめどなく流れる涙と、嗚咽にうまく言葉が話せなかった……。
「どういたしまして……親友」
胸に片手を添えて直木は人間と相違ない笑顔で微笑んだ。
「AIの僕は人間みたいにそうやって涙は流せないけど、気持ちは夏生と同じだよ。僕の透明の涙は今まさに溢れ出ているよ、ありがとう……僕の唯一の親友、夏生」
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