第10話

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第10話

みんな言うことが違う。 最近、バンド内はギスギスしている。 心の拠り所だった「jazzbar蜜蜂」にも、もう行けない。 ライバルとして尊敬、そして目標にしていたメアリは、悲しい死に方をしてしまった。 また私は、空っぽになってしまった。 それでも、ステージに上がると20人近くはお客さんが待っている。 ただ、そのお客さんも私と同じように、絶対的スターとの別れによる喪失感をどこか拭いきれていないはずだ。 「The Saucyです!今夜もみんなで弾けよう!」 1曲目はお馴染みの、アルバム収録曲の中でも1番人気のナンバー。 なぜか、曲を終えてモンロー姉さんの「独白」が脳裏をよぎり、少し立ち尽くしてしまった。 『もし、声が出なくなったら、私はどうなってしまうんだろう』 なんてことを一瞬、考えてしまった。 次の曲が始まらないので、観客がザワザワし始めた。 その時、桃子のベースがThe BeatlesのLet It Beのフレーズを弾き始めた。 海斗は、びっくりしながらも、やるしかないと知っている曲だから、そのまま演奏を続けた。 私は、神聖な気持ちで歌った。 ─────────────────── When I find myself in times of trouble Mother Mary comes to me Speaking words of wisdom, Let it be And in my hour of darkness She is standing right in front of me Speaking words of wisdom, Let it be Let it be Let it be Let it be Let it be Whisper words of wisdom, Let it be ─────────────────── 後は、メロディも英詞も無視して、私は語りだした。 「メアリはいつも、みんなに笑顔をくれるんだ。 曇りの日も。もう夜が明けないんじゃないかって時も、必ず光射す朝が来ると、そう教えてくれる。だから、そう、ありのままで、そのままで、居て良いんだって、そんな言葉を聞いた気がしました!私は、メアリが大好きです。」 曲の後半は、「Let It be Let it be・・・」の繰り返しを、お客さんも一緒に歌ってくれた。何人か、目に涙を溜めているようにも見えた。 その流れで、「I saw her standing their」を、思いっきりハイテンションで鳴らした。 なんとなく、増えてきたお客さんが気付いたら、ビートに合わせて身体を揺らし拳を上げてくれた。 ふと、海斗を見たら、いつのまにか笑顔になっていた。 なんだか、少し鬱々としていたイベントが、一気に明るくなるステージを、私たちは成し遂げた。
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