花壇、水しぶき

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花壇、水しぶき

 水を欲する花はあちこちに咲いている。  しかし、水を与えるものは多くない。  *****  高校のプール脇には花壇があった。  休み時間、そこに一人の女子生徒がやってきた。  天谷みどり。それが彼女の名前だった。  眼鏡をかけていてどちらかというと痩せ気味の体格、おさげ髪の静かな子だ。  彼女は花壇の前にしゃがみ込むと、花をじっくりと見始めた。 「今日も皆元気そうだね。毎日綺麗な姿を見せてくれてありがとう」  彼女はしばらく花たちに話しかけていた。  花壇の上を舞っていた蝶がそっと彼女の頭の上に止まる。 「あ、蝶々だ――」 「おい、見ろよ! 蝶がみどりの頭の上にとまってるぞ!」  後ろから大きな声が聞こえ、驚いた蝶は頭からひらひらと飛び立った。  背後には男子生徒三人がニヤけた顔で立っていた。 「やっぱ、みどりっていうだけあって虫に好かれるんだな」 「毎日、花に喋りかけてるのも雑草の仲間だからだろ。人間の友達はいないけど、雑草が友達だもんな」  みどりは悲しみの声を抑えて花壇に向き直った。何かを言い返したかったが相応しい言葉は何一つ出てこなかった。 「変な奴だな。行こうぜ」  三人は騒ぎながら去って行った。  みどりは花に向かってため息を着いた。何故、皆はこの花の美しさに魅了されないのだろう。  やはり自分だけがおかしいのだろうか。クラスメイトに積極的に話しかけたりもせず、花ばかり見ているのは変人の証しなのだろうか。 「お花、綺麗だね」  気付けば隣に女子生徒が座り込んでいた。藍だ。 「よく花壇を見てるけれど、お花が好きなの?」  みどりは何の前置きなしに話しかけてきた彼女に少し困った顔をしたが、すぐに返事を探した。 「そ、そうなの。綺麗だなって思って……それで」  みどりはたどたどしく言葉を探しながら喋っていた。 「へえー。この花は何て言うの?」 「あっ、これ? これはシュウメイギクっていう花だよ。キンポウゲ科の花で古くから、日本で観賞用に栽培されている花だよ」 「シュウメイギク……。可愛らしい花だね」 「可愛いよね」 「えっ、じゃあこれは?」 「これはね……」  みどりと藍は何分もそこに座り込んで、花について話した。  みどりにとってこの数分間は、何年も感じていなかった楽しい時間だった。  予鈴が聞こえてきて、二人はやっと顔を上げた。 「次の授業が始まっちゃう。行かなきゃ」 「そうだね。帰ろうか」  藍は立ち上がって校舎へと少し歩き、くるりと振り向いた。 「そういえば名前聞いてなかったね。私は藍。あなたは?」 「わ、私はみどり」 「みどりちゃん……お花にぴったりな名前だね」  みどりはその言葉で、胸の中にあった何かが、とても重いその何かが動いた気がした。それと同時に目から涙が溢れ出して止まらなくなった。  みどりの様子に藍が心配した。 「大丈夫?」  自分を気にかけてくれる彼女の声で涙が一層押し寄せてきたがみどりはそれを手で拭った。 「ごめん、嬉しくなっちゃって……」  藍は少し驚いた顔をしたが、すぐにみどりの手をとって走り出した。 「授業に遅れちゃうよ。行こ!」 「えっ?」  みどりは握られた自分の手を見つめながら彼女の後を走り出した。  強風が吹いて揺られたプールの水は壁にあたって水しぶきとなり、プールサイドへ打ち上げられた。  気持ちの良い風だった。  *****  彼女は花を咲かせることのできる存在だった。  何気ない行動で、枯れかけている花に水をまくことのできる人間だった。  彼女の心は潤っており、他人へその潤いを分け与える。    彼女のそんなところに、僕はますます引きつけられていく。
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