第一話 ブラック企業

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第一話 ブラック企業

 朝から気が重い。俺は通勤電車の窓越しに、鉛色の空を見上げた。  俺の名前は山崎ワタル。中堅ソフトウェア開発会社に努めている。  子供の頃からゲームやアニメが好きで、パソコンを使うようになってからはプログラムを覚え、スマホアプリなんかを作ったりしていた。そのまま勢いで仕事にしてしまったわけだ。  好きなことが仕事なんて最高だと思っていたが、現実は違った。  この業界、いわゆるブラック企業が多く、俺もそのひとつに引っかかってしまったのだ。  この会社、とにかく残業が多い。夜中まで働いて土日出勤なんて当たり前。クライアントからの納期は厳しい上に仕様変更も多いので、スケジュールが過密になってしまう。そのツケを俺たちがかぶっている。  とはいえ、好きなことなのは確か。多少キツくても頑張れるはずだったのだが、流石にブラックにはブラックと言う具合に、ブラックな人材が集まってしまう。  開発という作業はチームワークが大事だ。厳しい納期も仕様変更もみんなで乗り切ってこそ、達成感があり次が頑張れるというもの。  この会社にはブラック体質に馴染みきってしまい、楽をしよう、さらには仕事をしているふりをしてネトゲ三昧なんてひどいやつすらいる。人は信じられない、仲間なんて要らないと思うようになった。  入社当初は今日も一日頑張るぞってな感じで張り切っていたのだが、最近は毎日がどんよりして惰性に流されるように出社している。  席につくなり、隣の二年先輩の海野はじめさんが話しかけてきた。 「すまない山崎、このバグ修正手伝ってくれないか? 明日締切なんだ」  きたきたと思った。このひとは要領がいいので量はこなすけど、雑な性格なのかバグが多い。いつも締切間際に泣きついてくる。とは言っても先輩なので断ることもできない。 「分かりました。私もちょっと詰まっているのですが、残業してなんとかします」  毎度のことながら嫌になってしまう。ちょっとどころか終電に間に合うか瀬戸際なのに。  俺は気を取り直して、仕事に取り組んだ。あっという間に昼休みになり、定時になる。当然ながらほとんどの社員が残っている。当然ながら残業代は出ない。成果主義というブラックな仕様だ。  なんとか自分の分は終わった。さすがにまだ残っている人は少ない。ちらりと海野さんの方を見ると、なにやら検索している。  ネットに転がっているソースコードを探して、コピペでもしようと考えているのかもしれない。ツギハギだらけだからバグを出すんだと言いたかったが堪えた。  一段落したところで、お腹が空いていることに気が付き、俺は外に食事に行くことにした。安い給料なので、こんなときはいつもチェーンの定食屋で済ます。お気に入りは焼肉定食だ。甘いタレがたまらない。  お腹が満たされると、ふと、こんな生活続けていいのかなと思った。終電までには帰りたい、心に誓って店を出た。  会社に戻ってみると、嫌にガランとしている。席に戻ると、海野さんは居なかった。というか、もう誰も居ない。人の居ない雑然としたオフィスほど虚しいものはない。パソコンから出る微かなノイズが耳に付く。 「また貧乏くじか」  ポツリと呟いて席についた。海野さんは合コンにでも行ったのだろう。さっきのは仕事ですらなく、その下調べをしていたのかもしれない、でも、もうそんなことはどうでもいい。  結局、正直者がバカを見て、悪いやつが得をする。いいひとぶっていても、中身はブラックな奴らばかりなのだと思った。  なんだかやる気が無くなってしまった。都会の雑居ビルの窓から見える夜景は綺麗だ。でも、なにも感じない。  と、その時、光る物体がこっちに近づいてくるのが見えた。疲れているなと目をこすった。もう一度見ると、その光は目の前に迫ってきていた。  俺は思わず後ずさってしまった。光は窓を通り抜けて中に入って止まった。すると、その光る物体は、みるみる姿を変えて人の形になった。 「ワシは神様じゃよ」  白いローブのようなものを身にまとっている。白い長い髪と白いヒゲが印象的だ。おれは相当疲れているんだなと思った。 「いかにも神様って感じだけど、本物?」  思わず口から出てしまった。 「ワシは創造の神、いわばオブジェクト。キミが見ているものは、そのオーバーライドされたものだ。だからゲームとかアニメのイメージになるのじゃな」  なんだかよく分かるような分からないような。でも、俺は理系人間なので眼の前のものは信じる主義だ。 「で、俺になんの用ですか?」  神様はひとつ咳払いをすると、打って変わって精一杯に荘厳な雰囲気を作って言った。 「お前の居場所はここじゃない、修行の旅に出てみないか?」  一瞬、それってアニメとかでよくある異世界に行くやつかなと思った。でも、もうどうでもいいや、という気分だったので即答した。 「よろしくお願いします」  すると体がまばゆい光に包まれた。そして、意識が遠のいていった。
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