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昔話
昔話、民話、風土、伝承――
それは古い土地に住む者たちの間で世代を経て伝達される時代を超えた物語。
欧州の奥深いところに位置するとある地方にも古老から伝わる昔話があった。
雪が降る。
樹木が雪をまとった白い森からひとりの娘がやって来る。
人の目には映らない超存在が雪の上を歩き、その足跡は残らなかったが、白い森の近くの村々を訪れるのだ。
「うん。女性はいつの時代もロマンティストだなあ」
ヨハンは青い天を一度仰ぎ、恋人のルイーゼが熱心に、いや必死さを込めて語るおとぎ話に相づちを打ち、愛しき人の顔に視線を戻した。
「あら。真面目にお話しした私を笑うのね。ヨハン?」
ルイーゼはまだ少女を思わせる唇を尖らせる。
「失礼。でも笑っちゃいないよ。その話は子供の頃に母親からもよく聞かされた。悪い男の子は白い娘に連れていかれるよって、まあ――」
女の目にはその娘の姿は映らない。
かろうじて、その娘から目をそらすことができた男が言うには――
真雪で出来たかのような純白のドレスに身を包んだその娘の美しさと言ったら――
その肌は雪のように白く、その白い髪は透き通った氷のつららのように腰まで伸びていた。
白い娘。
白い娘は、神のみにしか創りだせない厳冬の芸術品だ。
でも瞳は、ああ、その二つの瞳だけは、神ではない別の存在が手を加えたか、そこだけ熱を帯びたかのように朱色であった――
白い娘はたちまち村の若い男たちの心を奪い、その娘に心を奪われた男は、目が覚めたら白――の世界の中で目覚めたと言う。
そして白い娘は男たちを引き連れて白い森の中に戻っていくのであった。
村に伝わるこの昔話をするときの女はたいてい機嫌が悪いということだ。
目の前にいる愛しき人も例外ではない、とヨハンは感づき、ルイーゼの唇に意識を向けた。
二人は自然と目を閉じ、唇を重ねた。この後、ルイーゼはしばらくヨハンとの柔らかい抱擁に身をゆだねるのがいつものことであったのだが、
「どうした?」
ヨハンはルイーゼの体が遠ざかったのを感じた。キスのために閉じていた目を開けると、愛しき人は自分ではなく遠くに広がる深緑の森を眺めていた。
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