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勢いよく音楽準備室Ⅱのドアを開けると、私は高原先輩を睨みつける。
彼は笑顔で「ああ、知立さん。来てくれたんだね」と言い、視線を長机に向けた。
つられて長机の上を見て、私はぎょっとする。
そこにはありとあらゆるお菓子があったのだ。
ポテチ、チョコレート、クッキー、シュークリームにマカロン、菓子パンまである。
大量のお菓子のせいで机は埋まってしまっていた。
なんだこれは……。
私が入部したお祝いとでも言いたいのか?
変な工作して入部届に名前書かせて、おまけに八汐先生まで騙して!
「どういうことですか?」
私は怒りを抑えつつ、聞いてみる。
冷静にならないと、何だかやりこめられてしまいそうだ。
先輩は、笑顔を絶やさないまま答える。
「どういうって、このお菓子は全部、牛乳に合うお菓子だよ」
「お菓子の話じゃありませんよ」
「ポテチとかしょっぱい系も牛乳には合うからね。万能な飲み物なんだよ」
「そうじゃなくて! 私、入部してないんですけど!」
「でも、入部届に名前を書いてくれたよね」
「あれは、入部届じゃないですよ。普通の紙でした。だから無効です」
私の言葉に、先輩はさっと何かを取り出す。
その紙は真っ白だけど、よく見ると四角く切り取られているところが2カ所ある。
「知立さん、君は昨日、この紙に名前を書いたと思っていたんだろう?」
「はい。そのつもりでしたよ」
「でも、この四角く切り取ってあるところに君は文字を書いていたんだ」
「どういうことですか」
「この紙の下には入部届を敷いておいた。僕がつくったんだよ」
「えっ。じゃあ」
「そう。知立さんは、自分から入部届に名前を書いていたんだ」
「へー。じゃあ、しょうがないですね!」
私はそこでにこっと笑って、高原先輩に思いきり近づく。
「……ってなると思いますか?」
「いや、それは」
先輩は視線を明後日の方向へとそらす。
「ないですよね? ありえないですよね?」
「名前を書かせちゃえばこっちのものかなーと」
「そんな、ストーカーが女性に婚姻届けを書かせるみたいな手段を入部届けでつかわないでください」
「うわあ、それはこわいなあ」
「それはこっちの台詞です!」
私はそう叫んでため息を一つ。
「こんなふうに勧誘ってゆーか、騙して入部させるみたいな手口だから部員が集まらないんですよ」
「大丈夫。この方法をつかったのは知立さんが初めてだから」
「なにも大丈夫じゃないし、私を実験台にしないでください!」
「いやー。思ったよりもあっさり騙されてくれるもんだなあと感動すらしたよ」
「そりゃあ、そこまで偽装工作して入部届に名前を書かせるとは誰も予想できないからです!」
「あ、でもさすがにこれは僕のアイデアじゃない。ある有名な漫画の方法
で――」
「それ以上、言わないでください。私もうっすら気づいていますから」
私の言葉に、高原先輩はこほんと咳払いをしてから言う。
「まあ、別に本当に入部してくれなくてもいいよ」
「えっ?」
「ほら、名前だけ貸してくれて幽霊部員になってくれてもいいし」
「結局、先輩一人じゃないですか」
「いいよ。僕は『ミルク部』がつくりたいだけだから。入部したいっていう人をこれから探せばいい」
「でも、『ミルク部』なんて活動内容がわからない部活、誰も入部したがりませんよ」
「そうかなあ。僕は最高の部活だと思うけどね」
先輩はにっこりと笑って続ける。
「それに、一人なら一人でもいいよ」
そう言った先輩はどこか寂しそうに見えた。
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