1.ミルク部

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 がらり、と一年一組の教室のドアを開けると、騒がしい音が耳に流れこんでくる。  一番前を陣取っている女子グループの1つがこちらを見た。  それから、ヒソヒソと何かを話し出す。  女子たちの表情からは、容易に悪意が読み取れる。  もう少し隠せばいいのになあ。  そんなことを思いながら、そのグループの近くを通ると、一人の女子がぽつりと呟く。 「まーた先生に泣きついたんだ?」  それに続いて別の女子も口を開く。 「ほら、知立って八汐好きじゃん。趣味悪いよねー」 「かわいくないからって、おっさんに走るだなんて、かわいそー」  クスクスという笑い声。  聞こえるように放たれた悪口。  私に向けられた、まっすぐな悪意。  ……だからなんだというんだ。  正直、悪口を言われようがかまわない。  お昼休みにぼっちでもかまわない。  私はクラスメイトのことなんて――特に悪口を言ってくる奴らに好かれようだなんて思わない。  どうぞ、何でも言っていてくれ。  私が何よりも傷つくのは、八汐先生から見放されたり、嫌われたりしてしまうことだ。  ただそれだけ。  ああ、あと家族がいなくなったり、猫たちが元気じゃなくなったり、家でゴロゴロできなくなったり。  そういうことができなくならないなら、それでいい。  無理にこんなクラスで、友だちをつくる必要なんかないんだ。  私は自分の席につき、カフェオレのパックにストローを勢いよく刺す。  今日のお昼は母の特製弁当。おにぎりはしっとりで。メインはミニハンバーグ(昨夜のハンバーグのタネの余り) 「ぼっち飯で虚しくなんないのかなー」  まだ楽しそうに悪口を言っている女子たち、奴らは明井歩乃(あくいあるの)率いるグループだ。  窓際の私にこの悪口が聞こえてくるんだから、当然、他の女子にも聞こえている。  他の女子は、<あの日>以来、私に関わろうとしない。  それはしょうがないし、予想できたことだ。  でも、こんなふうに悪口を言っていることで、クラスの男子へのイメージが悪くなる、とかは思わないんだろうか。  私はあいつらが言っていたように、おじさん好きだからクラスの男子のイメージもなにも興味がないわけだけど。  お前らは同級生くらいの年齢の男子に興味があるんでしょ。  お気に入りの男子が、一人の女子にネチネチ悪口を言っているのを聞いて『あの子、性格いいな』とか思うか?  いや、思わないだろう。  まあ、私だって別に性格がいいわけでもないし、むしろ面倒くさい奴だという自覚はある。  あの時、あんなふうにでしゃばるんじゃなかった。  もっとうまいやりかたで、解決するべきだったんだ。  そう思うほどには、私は自分が感情的になってしまう自覚がある。  ちらりと、教室の真ん中の列の一番前の席に視線を向けた。  空っぽの席がそこにはある。
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