1.ミルク部

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 中は6畳ほどのスペースの倉庫といった雰囲気だ。  中央には長机が2つ並べてくっつけて置かれてあり、4人分のパイプ椅子が机を囲んでいる。  1つだけある窓側の壁際には、ホワイトボード。  ホワイトボードの文字はきれいに消されていたけど、何かを書いた形跡があった。  そして、ホワイトボードの真向いの壁際には吹奏楽部の物らしき楽器がいくつか置いてある。  楽器はまだ真新しく見えたものの、埃をかぶっていた。  吹奏楽部が楽器を置かせてもらっているのではなく、ミルク部がいさせてもらっている、というのがよくわかる。  私が辺りをキョロキョロと見回していると、高原先輩が椅子に腰かけた。  それから私に向かいの椅子を勧めてくる。  座るだけなら、まあいいか。  そんなふうに私が腰かけると、高原先輩はこう聞いてきた。 「知立さんって、栃木出身じゃないよね」 「えっ? なんでわかるんですか?」 「あ、うん。それは、こっちのなまりがないからね」 「言われてみれば確かにそうですね」 「出身はどこなの?」 「愛知です」 「へー。愛知。また遠いところからはるばる来たんだねえ」  高原先輩は何度も頷いて、「愛知かあ」と呟く。  私は思わず先輩の顔をちらりと盗み見た。  彼はどちらかと言えばイケメンの部類だとは思う。  一重の涼し気な目に、鼻筋が通っていて、真っ黒で少し猫っ毛の髪の毛は彼の肌の白さを強調している。  やや痩せ気味の体型に紺色のブレザ―がよく似合う。  しかも全体的にやさしい雰囲気で、落ち着いた口調で話してくれるので安心感がある。  まあ、八汐先生には敵わないけどね。 「愛知のどこ出身なの?」  高原先輩がふと質問をしてきた。 「出身は岡崎(おかざき)市です」 「あっ。聞いたことある。どういう漢字?」 「ええっと、岡崎の岡は……」 「ちょっとまってて、書くものあるから」  先輩はそう言うと自分のスクールバッグを開け、1枚の紙を取り出す。  その真っ白な紙を見た時、どこか違和感を覚えた。  この紙、なんか変だなと思いつつも渡されたボールペンで『岡崎』と書く。 「あー。こういう漢字かあ」  先輩は「知ってる知ってる」と一人で頷いてから、さらに続ける。 「ちなみに、知立って苗字も珍しいよね。どういう漢字?」 「ええっと、それは……」  私が自分の苗字を書こうとすると、先輩は「この辺に書いて」と指定してきた。  真っ白な紙で余白はたっぷりあるというのに、なぜ場所を指定されるんだろう。  そう思いつつ、私は『知立』という漢字を書いて見せる。 「あ、下の名前も」  なぜかそう言われ、深く考えもせずに『春香』と付け足す。  書き終えてボールペンを先輩に返すと、彼は私の名前を書いた紙をじっと見つめる。  それから、眩しいくらいの笑顔でこう言う。 「うん。春香ちゃんか。いい名前だね。しかも栃木っぽいし」  どこが栃木っぽいんだろう。  そう思ったものの、私は名前を褒められてうれしかった。
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