3.千本松牧場

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 そんなわけで、最初はあの宣伝で人がくるのだろうかと不安だった。  でも、行列ができたのだ。  歌のあと、長い行列ができて、それからも「あ、さっきの歌うまい人」と足を止めてくれて、お客もなかなか途切れなかった。  しかも、タピオカミルクを飲んでいる人がいると、珍しそうに近づいてきて買ってくれる、というお客が自然とサクラになってくれる現象まで起きていたのだ。  そうこうしているうちに、午後4時には無事に完売した。  私と部長と黒羽さんは、ハイタッチして喜んだ。 「知立さん、歌すっごいうまいんだねー」  屋台を片づけていると、そう言ってニコニコしながら近づいてくる男性。 「えっ? パパもしかしてずっといたの?」 「実はねー。最初は車にいたんだけど、暇になってきたんだよ」  黒羽さん(父)は、「心配になっちゃってね」と笑う。  なかなかの親ばかっぷりだ。 「青春だよねー。もう僕はそんなキラキラした時代からずいぶんと遠のいちゃってるから、君たちがまぶしいよ」  黒羽さん(父)はそう言うと、ひょいとソフトクリームメーカーを運ぶ。  それから荷物は黒羽さん(父)と部長が車に乗せてくれた。  もともとそれほど荷物はなかったものの、やっぱり男の人が2人いると違うな。  助手席に乗りこもうとする黒羽さんを見て、部長が口を開く。 「僕と知立さんはバスで帰りますよ」 「え? まだ後部座席は余裕で……」  黒羽さん(父)はそう言いかけて、「ははーん」と何やら頷く。 「なぜ私も巻き込まれているんですか」 「知立さんはここのソフトクリームを食べたことがないだろう?」  突然、部長にそう言われて私は記憶をたどる。  ここへ遊びに来たけども、ソフトクリームを食べたかどうかまでは覚えていない。 「さあ、ここに家族旅行へ来たのは9年も前もことですし、食べても覚えてないですよ」 「じゃあ、食べたことがないと同じだ。食べたほうがいい!」  そう言う部長に黒羽さんが顔を出して、「そうね、栃木県民として食べたほうがいいわ」と口を挟む。 「じゃあ、黒羽さんも一緒に」 「これから私はケーキバイキングなのよ」  あっさりと断った黒羽さんは、「疲れたから30個は食べられそう」と呟く。  すごいな、大食い女王かよ。 「じゃあ、ま、頑張ってねー」  そう言うが早いか黒羽さん(父)は車のエンジンをかける。  ぴかぴかの高級車は駐車場を後にした。
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