プロローグ

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「おはよう、九条ちゃん。なに?飲み過ぎ?顔色悪いよ?」 横川支店長は私の顔を見るなり、毎朝のお約束のように、からかってくる。 「昨夜は飲んでませんっ! 私、低血圧なんです。 前から何度も言ってるじゃないですかぁ」 「そうだったっけ?まあ今日もよろしく頼むよ」 とぼけてそう言うと、横川支店長は後ろ手に手を振りながら、支店長席へと去っていった。 「九条代理さん、おはようございます」 支店長が去るのを目で追っていた私がため息混じりで前を向くと、部下の越谷くんがちょうど席についたところだった。 「あお、おはよう。今日は市ヶ谷産業さんに行くんだよね。何時だったっけ?」 「えーっと、10時のアポです。昨日お願いしたように、代理さんも同行、お願いします」 「オッケー。分かってる。じゃそれまでに、今キミが市ヶ谷さんに提案してる内容と、今までの交渉内容、もう一回レクチャーして」 私は愛用の手帳の今日の10時の欄にイニシャルで記載されたスケジュールを確認すると、これまた愛用の緑色のラインマーカーでチェックを入れた。 このチェックは、この予定は確認済みだという意味。 手帳紛失時の情報漏洩防止のための弊行のルールで、基本的に顧客名はイニシャルで書いてあるんだけど、時々自分で書いてて意味のわからない予定やメモがある。 チェックを入れようが入れまいが、忘れるものは忘れるんだけど、チェックを入れてない予定は、“要再確認だよ”という自分なりの防衛手段。 なんでそんなに慎重なのかというと、実は私、企業渉外係の役席になったばかり。 通常、ウチの銀行の女性の支店長代理は定期預金や投資信託、保険なんかを扱う個人渉外係や、銀行窓口で預金やその他様々な相談を受ける窓口係の役席になるのが一般的なんだけど、私が任されたのは、行内的にもまだ珍しい、女性の企業渉外係の役席。 部下の大半は男性だから、舐められないためには、まずスケジュール管理からビシッとしておかないと。 今なお男性の役席が当たり前のように幅を利かせているこの“企業渉外係”の役席に私が指名されるまでには、そりゃあ色々あったわけで。 でも、まあそれはまたの機会に。
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