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久しぶりに駅へと向かったしずくは、騒がしさに目が回りそうになった。
繁華街という訳では無いが、比較的大きな最寄りの駅は帰宅などで慌ただしく行き交う人で溢れていた。
電話で決めた大通り沿いにあるレストランに着いたところで辺りを見回す。
──川口さん、どこだろ…
少し早めに出たため川口はまだ来ていないようで、しずくは少し離れたところにあるベンチに腰掛けた。
人混みに来たのは久しぶりで、宗一郎との生活が如何にしずくに合わせて送られていたのかが分かる。
二人で出かけるのは駅から離れた車通りも少ない静かな場所が多く、こんな風に人が集まる場所へ来る事は稀だった。
ふと、顔を上げると目の前を行き交う車が目に入る。ここへ来るまでは意識していなかったが帰宅ラッシュということもあってかなりの交通量だ。
「──っ」
不意に込み上げた恐怖に、しずくは慌てて俯いた。
──悪化してる…?
恐怖で鼓動が早くなり、しずくは胸元を抑えた。
少し前なら車を見たくらいでここまで恐怖を感じなかった筈だ。
──どうして…
「雨宮先生!」
ふと呼ばれた声にしずくは弾かれたように顔を上げた。
そこには息を切らせた川口がいて、しずくは詰めていた息を吐いた。
「お待たせしてすみません!早く入りましょう」
「ぁ…、はい…」
レストランへ向かう川口は幸いしずくの異変には気付いていないようで、悟られないように先を行く彼女についていく。
入った店内は落ち着いた雰囲気で、二人は奥の席へと案内されて腰掛けた。
「こうして一緒にご飯を食べるの、実はこっそり目標にしてたんですよ」
「…目標に?」
川口にほぼ任せて注文を済ませたところで、唐突に言われてしずくは目を瞬かせた。
「だって先生、あまり外には出たくないって感じでしたから」
川口はやんわりと言ってくれるが、所謂引きこもりだ。
こうして外で人と食事しているなんて、以前の自分には想像もつかなかった事だろう。
「それは…すみません」
「責めてるわけじゃないんです!嬉しいんですよ、私は!」
慌てて否定する川口に、笑いが込み上げる。
「あ、先生、笑いましたね〜?」
「だって川口さんが…っ」
「もう、真剣に話してたのに」
つられて川口も笑い出して、しばらく二人でくすくすと肩を震わせていた。
しばらくして注文した料理が運ばれ、手を合わせ食べ始める。
初めて入ったお店だがとても美味しい。
──今度、宗一郎さんを誘ってみようかな…
そんな事がふと思い浮かんで、しずくは宗一郎のことばかり考える自分に少し赤くなった。
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