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──しずくは描き続ける。
そうすれば“彼”を感じられるから。
話すことも、触れることもできる──。
会いたくてしずくは描き続ける。
“彼”がそう言ったから──
不意に強い力で腕を掴まれ、しずくは目を瞠る。
凝り固まった身体を動かして顔を上げると息を切らせた宗一郎がいて、しずくは一瞬寂しさのあまり自分が見せた幻なのかと思った。
けれど手首に感じる宗一郎の熱が、これが現実なのだとしずくに教えている。
反応が薄いしずくに、珍しく髪が乱れた宗一郎が苦しげに眉を寄せた。
「…やっぱりここに居たのか」
「…っ、ぁれ…?」
辺りを見回すと見慣れた自分の部屋で、外はすっかり明るくなっていた。
昨夜この部屋に戻ってきた所までは覚えているが、その後が思い出せない──。
「…っ!」
ふと目をやった先に信じられないものを見て、しずくは息を詰めた。
床に絵が描かれている。黒い、冷たい絵だ。
──これは、何…?
宗一郎が握ったままの手にはパステルが握られていて、鈍く痛む手首に自分が描いたのだと他人事のように思った。
「…なに、してるんでしょうね、俺…」
「…しずく」
乾いた笑いを漏らした所で、宗一郎に強く抱きしめられた。
数日ぶりの温かさに包まれ、しずくは持っていたパステルを放した。
「…汚れます」
「構わない」
ジャケットも脱がずに一晩中描き続けたせいで、しずくは全身黒く汚れてしまっている。
宗一郎の服にも移ってしまいそうで、しずくは身じろいだ。
「…宗一郎さん、夜に帰ってくるんじゃ無かったんですか」
「…あぁ」
時計を見るとまだ早朝で、宗一郎が帰って来る予定の時間には早すぎた。
「…ちゃんと、約束した通りに、ご飯食べてました」
「あぁ」
「…ほんとに、ちゃんと…っ」
喉が震えて、泣きたくないのに涙が零れる。
抱きしめる腕に力を込められ、しずくは宗一郎のシャツを握った。
シャツについた黒い汚れに、彼がここに居ることを改めて実感する。
「…約束守れなくて、ごめんなさい…っ」
「しずく、ゆっくり息をしなさい」
逃げた自分が情けなくて、悔しくて涙が止まらない。
浅くなる呼吸を窘めるように、宗一郎が背中を撫でた。
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