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「どこか、行きたいところはあるか?」
「…行きたいところ…」
──あるにはある。
でもそれを言えば、きっと宗一郎に迷惑をかけることになってしまう。
「…近所の公園では無さそうだな」
「…」
「…しずく、どこに行きたい?」
こんな風にまっすぐ聞かれたら、隠し事などできない。
優しく目尻の黒子を撫でられ、しずくは目を伏せた。
言うまで解放してくれなさそうな宗一郎に、しずくは誤魔化すのを諦めて行き先を告げる事にした。
「…水族館」
宗一郎と海へ行く話をしていたら、ふと水族館に行ってみたくなった。
水族館は幼い頃に行ったのを朧気に覚えているくらいだったが、何となく深海のような青を覚えている。
その青が脳裏を過って、しずくはもう一度その色が見たくなった。
恐る恐る宗一郎を見上げると、何やら考えている様子の彼と目が合う。
「…やっぱり、やめておきます…っ」
「しずく?」
「困らせてごめんなさい…っ」
「落ち着け、まだ何も言ってないだろう?」
慌てて宗一郎に向き直ると、苦笑した彼がしずくを抱き寄せた。
「…でも…」
「…まぁ、徒歩では行けないな」
「…はい」
そのまま宗一郎に凭れ、目の前の大きなキャンバスに広がる空を眺める。ここに来て見慣れた街並みが春の日差しでキラキラと輝いていた。
「…車か電車になるが」
「…」
「どちらが良い?」
「え…?」
宗一郎は一緒に行ってくれるのだろうか。
信じられなくて、しずくは驚いて宗一郎を見つめた。
「…きっとまた迷惑をかけてしまいます」
「君を一人で行かせるより良い」
「…でも…っ」
「頑張ってみるんだろう?」
優しく微笑まれ、しずくは潤んだ瞳で頷いた。
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