はじまり

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──そこまでは良かったんだけど…。 発表の後、感極まった様子でかかってきた担当編集である川口 依子(かわぐち よりこ)からの電話で、しずくは授賞式に出て欲しいと泣きつかれてしまった。 日頃外に出ないしずくにとって人が集まる授賞式は未知の世界だ。 ──できれば、辞退したい… しかし大きな賞だけあって出版社としても正念場のようで、川口も簡単には引き下がらなかった。 日頃世話になっている彼女に必死に頼み込まれてしずくは頭を抱えた。 今まで新年会や創設祭、その他諸々の行事への出席はほぼパスさせてもらっていた。 ただでさえ打ち合わせなどを含め、近郊に住んでいるのに我儘を言って全てオンラインと宅配で対応してもらっている。 川口は気にしなくていいと言ってくれるが、やはり少し申し訳なく思っていたのもあってしずくは今回の授賞式へ出席する事を決めた。 ──まずいかも… いよいよ目の前が暗くなってきて、しずくは口元を手で覆う。 電車はカーブにさしかかったようで、車輪と線路が擦れる音が大きくなっていく。 それに合わせて呼吸が浅くなり、しずくは式典用に下ろしたばかりのシャツの胸元をきつく握りしめた。 「…っ」 耳鳴りが大きくなり、そして音が無くなった。しずくの身体が大きく傾ぐ──…
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