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ネクタイごと胸元を強く掴んで俯く俺に、早く話せとせっつくことなく、皆黙って行方を見守る。
「俺は、俺は……おまえたちを、信じていいのか?」
「ええよ、信じて。あとな実際ぶっちゃけると、賭けをしてるんや」
「賭け?」
人差し指をぴんと伸ばして得意げな顔でレクチャーする猿渡に、嫌な予感しかしなかった。
「須藤課長VS山田の恋の対決。賭けの金額はひとり一万円! 原尾さん以外、そろって山田に賭けてる状態や」
「は?」
それって、まったく賭けになっていないのでは? というか俺が負けること前提で賭けをするなんて、コイツらバカなのか!?
「須藤課長安心してぇな。最初の趣旨が、須藤課長の恋のサポートやってん。だから山田に加勢した時点で、賭けから抜けてもらうシステムでやるから、誰ひとり山田には手を貸せないことになっとる」
「おまえら全員が手を貸しても、俺が負ける予想をしているヤツに、助けを求めろというのか?」
怒りで体が震えていく。少しでも信じようと思った俺が馬鹿だった。
「須藤課長のその性格が180度変わるとか、そんな奇跡がないと、賭けられるわけないだろ」
松本がもっともなことを言うと、残った者は目を合わせて意味深に笑い合う。
「俺、すごくもったいないと思うんですよね。須藤課長は背だって高いし、顔も悪くないし、キャリアだってあるのに、素直じゃない性格がアダになってるんデスク!」
「おまえらに言われなくても、俺自身じゃどうにもできないことがあるんだ。しょうがないだろ!」
この状況でキレないほうがおかしい。こうして面と向かって話し合いをするだけで、無駄な時間を使ってしまった。
「とりあえずお試しということで、ちょっとだけ僕らの力を借りてみぃひん? ヒツジちゃんと仲良くしたいでしょ?」
猿渡がなにかを企むときの、表現しがたい表情で笑って俺の腕を引っ張り、皆の輪の中に無理やり押し込んだ。愛衣さんと仲良くなれるという裏ワザ的な方法を、各々伝授してくれたのだが、使うタイミングがサッパリわからない……。
たとえば目と目が合ったら微笑むなんてことをしたら、なに笑ってるんだと気味悪がられた挙句に、余計に嫌われる恐れがないか?
口調を優しくするのだって、変えたことによって、カッコつけてるなんて思われたりしたら、地獄の底まで落ち込むことになる。
「あとはそやな。メガネをかけて、須藤課長のイケメン度をアップすることにより、ヒツジちゃんをときめかせる。しかも違いがあることによって、話のネタにもなるやろ」
両手の人差し指と親指で輪っかを作り、自身の目元にあてがう猿渡の顔は、正直胡散臭い詐欺師に見えた。
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