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「ち、違います。名前が愛衣なので、それにちなんで部署の皆さんから、ヒツジと呼ばれておりまして」
「かわいい貴女にお似合いの愛称ですね。ヒツジのように、優しげなフワッとした雰囲気をまとっているからでしょうか。部署の方々に可愛がられているのがわかります」
メガネの奥の瞳を細めて語られるだけで、なんだか緊張してしまい、言葉がうまく返しにくい。
「えっと、その……ありがとうございます」
「ほな佐々木さん、こちらにどうぞ。ご案内しますんで」
猿渡さんが慌てて、佐々木さんをミーティングルームに誘導した。一緒に移動すると思っていたのに、この場に残った須藤課長は、なにか言いたげに私の顔を見つめたので訊ねてみる。
「……なんですか?」
「ヒツジ、随分と嬉しそうだな」
「須藤課長がつけてくれたあだ名を、あんなふうに褒められるとは思ってもいなかったので。だって営業部の生贄だからつけられているというのに、見え方を変えただけで、こんなに嬉しい気持ちになるなんて、驚きしかないです」
「そんなにイケメンがいいのか」
あだ名のことについて意見したのに、佐々木さんの容姿にこだわる、須藤課長の考えがまったく読めない。
「確かにイケメンですけど、そこまで見惚れるほどじゃないですよね」
「そうなのか?」
「ん~、イケメンの好みで言ったら、須藤課長の顔のほうが好みかなぁと。甘いマスクは、見てるだけで飽きそうなので。ほらほら、美人は3日で飽きるって言うじゃないですか。そんな感じです」
「…………」
「須藤課長?」
私が声をかけた途端に、素早く背中を向けられてしまった。
「とっととトイレに行け。時間を無駄にするなよ」
「はい、すみませんでした~」
背中を向けて俯く須藤課長の耳が赤く染まっている理由は謎だったけど、そんなことよりもお手洗いに行きたかったので、急いでその場をあとにした。
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