魔の巣窟での毎日!

4/23
前へ
/114ページ
次へ
「逃げるなよ」  座っていた椅子を吹き飛ばして、私の手を掴む。てのひらじゃなく、指先をぎゅっと握られたことに驚き、須藤課長の手と顔を交互に眺めた。 「あ、ごめん。痛かったか?」 「痛くはないですけど……」 「帰ってほしくなかった。最後まで話を聞いてもらわなきゃと、慌ててしまったんだ」  切れ長の二重まぶたが揺らめき、須藤課長の動揺を表しているようで、逆にこっちが悪いことをしてしまった感じに慌てふためく。 「昨日は、須藤課長とあんなことがあったから帰りましたけど、今日はちゃんと話を聞いてあげますよ。仕事のこともありますし」 「逃げない?」  掴んだ指先ごと、少しだけ引っ張る。無理やりじゃなく、私の気持ちを慮っているように思えたそれに抗うことなく、退いた分だけ歩み寄った。 (それにしても須藤課長の手、すごく熱いけど熱はないのかな?) 「逃げません」  断言したと同時に解放された手を思わず握りしめて、自分の体温を確かめた。 「仕事の話の前に、みーたんのことなんだけど」 「はいはい、なんですか?」  須藤課長は至極真面目な顔で言ってるのに、内容がゲームのことなのでどうしても真面目になりきれず、苦笑いを浮かべてしまう。 「みーたんの好きな物が、久しぶりに増えていたんだ。ヒツジが猫じゃらしでプレイしたのが、嬉しかったみたいでさ。ありがと……」 「どういたしまして」 「それで俺は相変わらず、猫じゃらしで遊べない……」  飛ばした椅子を引き寄せて座り直し、うな垂れながらデスクに置かれたスマホを見る須藤課長。しょんぼり具合が、捨てられた子猫みたいだった。 「どんだけ不器用なんですか」 「ヒツジが言ったとおりに、左右に動かしてるのに、みーたんが全然反応しないんだ」  言いながらスマホを私に向ける。 「ちょっとやって見せてくれ」 「いいですよ。こんな感じです」  猫じゃらしを動かす私の指先を、顔を寄せてまじまじと眺める須藤課長の目が、怖いくらいに真剣だった。 「わかった。やってみる……」  そう言ったので、須藤課長の手元にスマホを向けてあげた。人差し指が画面に触れながら左右に揺れ動いたのに、みーたんはアクビをして完全にスルーする。 「須藤課長の指を、認識していないみたいですね」 「ヒツジとなにが違うんだ?」 「ちょっといいですか?」  訊ねながら須藤課長の横に並び、画面に触れている人差し指を摘んだ。 「つっ!」 「あの須藤課長、風邪なんて引いてません?」 「どど、どうしてだ?」 「さっきも思ったんですけど、手が熱いなぁと」  疑問を口にしながら隣を見たら、須藤課長の顔が真っ赤になっていた。 (あ、この人、適齢期の女性とキスしたことないから、こういう接触の仕方も初めてなんだ) 「ぉお俺は人より、体温が高いんだ。その免疫力のおかげで、風邪を引かない。どうだ、すごいだろ!」  最初はキョどっていたのに語尾にいくに従い、威張るように言い放った須藤課長。彼の頬が真っ赤なのを、あえて指摘するのをやめた。 「わかりました。それじゃ動かしますよ。こんな感じです」  摘んだ須藤課長の人差し指を、いつものように動かしたのに、みーたんは無視を決め込んで、そのままお眠りになった。
/114ページ

最初のコメントを投稿しよう!

271人が本棚に入れています
本棚に追加