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「須藤課長すみませんでした。本当にすみません」
やってしまった事の重大さに、今さらながら気がついても、遅すぎると思われる。
(須藤課長の記念すべきファーストキスの相手が私なんて、申し訳なさすぎる!)
「謝らないでほしい。俺が悪い、んだから。まさか愛衣さんがキスするなんて、思ってもみなかったんだ。想定外すぎて、涙がとまらない……」
両手で顔を覆い隠し、めそめそ泣き続ける上司。その傍で困り果ててポケットからハンカチを取り出したのに、渡すタイミングを計れず、視線を右往左往した。
この状況を誰かに見られたら、私は悪女決定だろう。このままどこかに転生して、悪役令嬢になってもいいかもしれない。なんて、非現実的なことを考えてしまった。
「須藤課長、これで涙を拭ってください。このままじゃ私が、須藤課長を泣かせたことになってしまいます」
「むぅりぃ……。この手を外せにゃい」
「はい?」
しわがれた声が発した言葉の意味がわからず、首を傾げた。
「ううっ、涙と鼻水のせいで、でろんでろんになっている顔をだな、君に見られたくにゃいんだ」
「わかりました。ちょっと待っていてくださいね」
須藤課長のデスクの隅っこに置いてある、動物の顔がプリントされた高級箱ティッシュを引っ掴み、座っている須藤課長の膝の上に置いてあげた。そして椅子をくるりと反転させて、私に顔が見えないように施してやる。
「膝の上に置いたそれを使って、涙と鼻水を拭ってください。顔は見えないようにしましたので、どうかご安心を!」
「ありがと……」
ぐずぐず鼻をすすりながらティッシュを何枚も引き抜き、涙を拭ってから鼻をかんだっぽい。肌を痛めないと自慢の高級ティッシュが大量に使われたあと、ゴミ箱にぽいぽいされていく。
気の済むまで顔の処理をし終えた須藤課長が、椅子ごと振り返った。二重まぶたが腫れて重たそうになってる上に、鼻の頭がほのかに赤くなっているのを目の当たりにして、笑わないように必死に頑張った。
「愛衣さんありがと、助かった……」
「どういたしまして。それで女心についてなんですけど、私じゃなくて高藤さんに聞いたほうが、いいような気がしますが」
待っている間に考えていたことを告げたら、須藤課長は嫌そうに眉間に皺を寄せて口を開く。
「アイツの頭の中は、夜伽のことでいっぱいなんだ。俺が知りたいのは、普通の恋愛においての女心が知りたくて」
もじもじしながら告げられた内容はあやしさはないのに、須藤課長とふたりきりでいるせいか、変に意識してしまった。
「あ、普通の恋愛。もしかして須藤課長は、誰かのことが好きだから、女心が知りたいんですね?」
普通の恋愛というわかりやすいワードに反応して、確信を突いた途端に、ちょっとだけ目を見開き、居心地悪そうに俯かれてしまった。
「ご名答。ほかのメンツも不安要素があるので、頼ることができない。ヒツジなら適任だと判断したまでだ」
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