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名前呼びからいつもどおりになったことで、須藤課長が冷静さを取り戻したことがわかった。だからこそ、思いきって訊ねることができる。
「それで、どこの課の誰なんですか? 知り合いなら、橋渡しくらいしますよ」
乗り掛かった船だと思って訊ねたのに、目の前の表情が憂鬱に沈み込む。
「言いたくない……」
「言ってくれなきゃ、対策できないですって。女心と言っても、人それぞれ違うんですから!」
「ここで言ってしまったら、彼女に告白する気力が薄れてしまう。俺は他人に自分の気持ちを晒す勇気が人一倍足りなくて、ものすごく苦労してるからわかるんだ!」
両手に拳を作り、目をつぶって告げられた言葉は、理解できそうでできないものだった。
「確かに須藤課長は、素直じゃないですもんね。苦労が手に取るようにわかる気がします」
理解できるところだけをピックアップして同意したら、目を開けた須藤課長が私を見つめる。じっと見るんじゃなく、覗う感じでチラ見しながら口を開く。
「彼女はヒツジみたいなタイプの女性だから、その……。こうして喋ったり、一緒に行動していたら慣れると思うんだ。そしたらおどおどせずに、いつか胸を張って告白できるかもしれない」
「一緒に行動? ここで顔を合わせていたら、慣れるということですか?」
いつもなら的確でわかりやすい言葉をチョイスして話す、須藤課長らしくないニュアンスを不思議に思いながら、そこのところを指摘してみた。
「ああ。毎日ここで顔を突き合わせていたら、嫌でも慣れるだろうが、ほかにもデート的な……、なんていうか模擬デートにも付き合ってほしい!」
全身を小刻みに震わせつつ、結構大きな声で強請られたことは、正直大変なことじゃないけれど。
「模擬デートですけど、本当に私でいいんですか? ファーストキスだけじゃなく、はじめて女のコとでかける大事なイベントを、私と過ごしたいなんて」
「いい! 彼女と出かけたときに、失敗したくないから」
間髪おかずの即答だった。重たそうなまぶたをしっかり開けて告げられたせいで、迫力満点である。ここで断ったりしたら、呪われるかもしれない。
(号泣してるところを見せた私だから、失敗してるところを見せても、全然平気なんだろうな)
「そうですか、わかりました。模擬デートにお付き合いしますよ。いつ出かけますか?」
こうして週末、須藤課長とどこかに出かけるスケジュールになってしまったのである。
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