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須藤課長が私の自宅マンションまで、わざわざ迎えに来てくれることになったのだけれど。
(ちょっと入り組んでる場所にマンションがあること、やっぱり伝えたほうがよかったかな)
『俺が迎えに行くから、家の前に立って待っていてくれ』と、前日妙な迫力を漂わせて豪語されたせいで、頷くのが精一杯だった。
大丈夫かなぁとぼんやりしながら考えていたら、真っ赤な車が目の前に停まった。助手席の窓から見える須藤課長の姿に、思わず面食らってしまう。運転席から降りて、わざわざ助手席を開けてくれたことも驚いてしまった。
「愛衣さん、おはよう」
須藤課長はいつものように『ヒツジ』と呼ばずに、名前を呼びながら爽やかに微笑む。私ごときを相手に、既にデートモードになっているせいで、挨拶するタイミングを完全に失ってしまい、顔を引きつらせてしまった。
目の前にいる須藤課長の格好は、フードのついた上着にTシャツ、下はジーンズというラフな服装で、スーツ姿ばかり見ていたせいか、すごく新鮮な感じに見えた。しかも、実年齢より若く見える。もしかして、私に合わせてくれたんだろうか。
「あっ、おはようございます。車で来るとは思いませんでした」
「猿渡から面白いと紹介されたテーマパークへ行くのに、車のほうがなにかと動きがとりやすいと思ったんだ」
「そうですか。それと須藤課長の格好、いい感じだと思いますよ」
「…………」
私を見下ろしていた顔が、じわじわ赤く染まっていくのを、じっと眺めてしまった。なにか言いたげに、唇がもごもご動いているのに、いつまで経っても喋らない。
「須藤課長?」
「いっ、一応デートだからな。三日前から、いろいろコーディネートして頑張った……」
「普段はスーツ姿ばかり見てるので、好きな人の目に須藤課長の格好が、いい印象に映ると思います」
「ありがと……。あのさ!」
開けっ放しの助手席のドアから、なぜか手を離さない須藤課長。まるでよろけそうになるのを、防いでいるように見えなくもない。
「なんですか?」
「会社で逢っているんじゃなく、デートなんだから、お互い名前で呼びあったほうが、それっぽい感じになると思うんだ!」
「まぁ、そうですね」
「俺の名前は、充明。それが呼びにくいのなら、ミッチーでもいいぞ」
体をちょっとだけ震わせながら、赤ら顔でねだられたことについて、ツッコミを入れてもいいよね。
「須藤課長相手に、ミッチーはちょっと。それに正直なところ、ミッチーって似合いませんよ」
某芸能人とはキャラが全然違うのに、どうしてそのあだ名を選んだのやら。
「だったら、なにが似合いそうなんだ?」
「みーたん!」
「みーたんは俺の飼い猫だから、絶対にダメだ! まるで俺が、愛衣さんの飼い猫になったみたいじゃないか」
必死に拒否る須藤課長の顔が面白いこと、この上ない。思いっきりお腹を抱えて笑ってしまった。
「愛衣さん、なにがおかしいんだ?」
「須藤課長じゃなかった、充明くんの顔が面白くて」
「充明、くん!?」
名前を呼んだ途端に、さらに顔を赤らめる。耳や首まで赤く染めながら、何度も瞬きする面持ちがあまりにかわいくて、頭を撫でたくなるレベルだった。
「充明くん、車に乗ってもいいですか?」
「なんで君付けなんだ。まるで俺のほうが年下みたいじゃないか」
「このデートにおいて、女心を知りたいんですよね?」
須藤課長の顔を上目遣いで見つめつつ顔を近づけて、あえてプレッシャーを与えた。
「ああ、そうだ」
「私が教える立場なんですから、充明くんとは対等じゃないですよね」
ニンマリ笑うと、須藤課長は面白くなさそうに顔を背けるなり、運転席に身を翻した。
一応このデートでは、私がいろいろ教える立場になるけど、いつまでそれがキープできるか、不安でもあり楽しみもあった。
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