魔の巣窟での毎日!

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***  須藤課長が私の自宅マンションまで、わざわざ迎えに来てくれることになったのだけれど。 (ちょっと入り組んでる場所にマンションがあること、やっぱり伝えたほうがよかったかな) 『俺が迎えに行くから、家の前に立って待っていてくれ』と、前日妙な迫力を漂わせて豪語されたせいで、頷くのが精一杯だった。  大丈夫かなぁとぼんやりしながら考えていたら、真っ赤な車が目の前に停まった。助手席の窓から見える須藤課長の姿に、思わず面食らってしまう。運転席から降りて、わざわざ助手席を開けてくれたことも驚いてしまった。 「愛衣さん、おはよう」  須藤課長はいつものように『ヒツジ』と呼ばずに、名前を呼びながら爽やかに微笑む。私ごときを相手に、既にデートモードになっているせいで、挨拶するタイミングを完全に失ってしまい、顔を引きつらせてしまった。  目の前にいる須藤課長の格好は、フードのついた上着にTシャツ、下はジーンズというラフな服装で、スーツ姿ばかり見ていたせいか、すごく新鮮な感じに見えた。しかも、実年齢より若く見える。もしかして、私に合わせてくれたんだろうか。 「あっ、おはようございます。車で来るとは思いませんでした」 「猿渡から面白いと紹介されたテーマパークへ行くのに、車のほうがなにかと動きがとりやすいと思ったんだ」 「そうですか。それと須藤課長の格好、いい感じだと思いますよ」 「…………」  私を見下ろしていた顔が、じわじわ赤く染まっていくのを、じっと眺めてしまった。なにか言いたげに、唇がもごもご動いているのに、いつまで経っても喋らない。 「須藤課長?」 「いっ、一応デートだからな。三日前から、いろいろコーディネートして頑張った……」 「普段はスーツ姿ばかり見てるので、好きな人の目に須藤課長の格好が、いい印象に映ると思います」 「ありがと……。あのさ!」  開けっ放しの助手席のドアから、なぜか手を離さない須藤課長。まるでよろけそうになるのを、防いでいるように見えなくもない。 「なんですか?」 「会社で逢っているんじゃなく、デートなんだから、お互い名前で呼びあったほうが、それっぽい感じになると思うんだ!」 「まぁ、そうですね」 「俺の名前は、充明(みつあき)。それが呼びにくいのなら、ミッチーでもいいぞ」  体をちょっとだけ震わせながら、赤ら顔でねだられたことについて、ツッコミを入れてもいいよね。 「須藤課長相手に、ミッチーはちょっと。それに正直なところ、ミッチーって似合いませんよ」  某芸能人とはキャラが全然違うのに、どうしてそのあだ名を選んだのやら。 「だったら、なにが似合いそうなんだ?」 「みーたん!」 「みーたんは俺の飼い猫だから、絶対にダメだ! まるで俺が、愛衣さんの飼い猫になったみたいじゃないか」  必死に拒否る須藤課長の顔が面白いこと、この上ない。思いっきりお腹を抱えて笑ってしまった。 「愛衣さん、なにがおかしいんだ?」 「須藤課長じゃなかった、充明くんの顔が面白くて」 「充明、くん!?」  名前を呼んだ途端に、さらに顔を赤らめる。耳や首まで赤く染めながら、何度も瞬きする面持ちがあまりにかわいくて、頭を撫でたくなるレベルだった。 「充明くん、車に乗ってもいいですか?」 「なんで君付けなんだ。まるで俺のほうが年下みたいじゃないか」 「このデートにおいて、女心を知りたいんですよね?」  須藤課長の顔を上目遣いで見つめつつ顔を近づけて、あえてプレッシャーを与えた。 「ああ、そうだ」 「私が教える立場なんですから、充明くんとは対等じゃないですよね」  ニンマリ笑うと、須藤課長は面白くなさそうに顔を背けるなり、運転席に身を翻した。  一応このデートでは、私がいろいろ教える立場になるけど、いつまでそれがキープできるか、不安でもあり楽しみもあった。
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