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実はペーパードライバーの私。ハンドルを握るのは、運転免許を取得した以来だったりする。隣には口煩い上司兼彼氏(仮)がいるため、余計に緊張した。ハンドルを恐々と触れる私に、須藤課長が声をかける。
「ゴーカートのコースだから大丈夫、そんな顔をするな。最初はしばらく直線だし、そのあとの左コーナーも緩やかなもので、大きくハンドルを切らない限り、路外にはみ出ることはない」
「わかりました。ゆっくり発進します……」
そう言ったのに、緊張のせいで勢いよく走り出すゴーカート。慌ててブレーキを踏み込んだ。シートベルトをしているのに、ガクッと上半身が大きく前のめりになる。
「きゃっ!」
「足全体で、アクセルを雑に踏むからだ。足首を使って、柔らかく踏んでみろ」
須藤課長の的確なアドバイスをもとに、恐るおそるそれを実践してみる。
「あ、スピードのコントロールがしやすいかも」
そうは言ったけど、トロトロ走っていることには変わりない。
「そのままアクセルを緩めて、コーナーに沿ってハンドルを切る」
「はーい!」
「調子にのらずに、ちゃんと前を見ながら運転してくれ。ほら、すぐに右コーナー」
口だけじゃなく、危なげな私の運転を助手席から手を伸ばして、ハンドル操作の補助をしてくれるのは、すごく助かった。
「充明教官と呼ばなきゃいけないかもですね」
二周目に入る頃には、運転することにも少しだけ慣れたおかげで、最初よりもスピードを出すことができた。
「愛衣さんの飲み込みが早いからだろう。羨ましいくらいだ」
「羨ましいなんて、そんな!」
「俺はなにをやっても不器用だから。人より時間がかかるし、苦労ばかりしてる」
さっきよりもトーンダウンした声色で、須藤課長が落ち込んだのがわかった。だからこそ、進んでリカバリーしなければと言葉を探す。
「充明くんの苦労が、私の成長に繋がってるんですね」
笑いながら、須藤課長の頭をガシガシ撫でた。どんな表情になっているか不明だけれど、落ち込んだ気持ちが少しでも持ち上がればといいなと思った。
「ちょっ、愛衣さん、車まっすぐ走ってない。危ない!」
「失礼しました~!」
須藤課長は慌ててハンドルを握りしめて、ふらつくゴーカートをまっすぐに修正する。その関係でハンドルから手を放したので、チラッと隣を見ることに成功。
焦った顔で前を見据える須藤課長の頬は、予想どおりに赤く染まっていた。
「愛衣さんが運転手なんだから、ちゃんとハンドルを握ってくれ。これじゃあ、どっちがドライバーかわからないだろ……」
「よかった!」
「よくない。なにを言ってるんだ」
「だって、充明くんが元気になったから」
言われた指示どおりにハンドルをきちんと握り直して、コースをそつなく運転した。最初は不安しかなかったのに、今は楽しく運転できるのは、きっと須藤課長のおかげなんだろうな。
「俺が元気って、気を遣うことないのに」
「デート中なんだから、テンションあげていかないとダメですって」
「だからって慣れない運転をしてる最中に、俺の頭を撫でるのは危なすぎる! そんなことは、ゴーカートを降りたあとでもいいだろ……」
他にも、むにゃむにゃ文句を言い続けた須藤課長だったのに。
「ありがとう、嬉しかった……」
蚊の鳴くような声で言われたせいで隣を見ると、両手で顔を隠す姿がそこにあった。純情上司のお守りは、まだまだ続きそうな予感がしたのだった。
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