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フラグは回収されるもの?
翌日の昼、食堂で自分が立てたフラグが見事に回収されたことを知った。
「もう来たんですか…?」
「お箸持つ手震えてるよ〜さくちゃん。そ、ホントに王道転校生来ちゃったみたい」
器と箸を持つ手が震える。どうしようか、胃薬を買っていないし副隊長と対策を練ってもいない。
まさかこんなに早く来るとは思っていなかった。
転入での手続きに時間がかかるだろうと油断していたツケが出たようだ。
どうやら今朝、1年A組に明らかに分かるカツラを被りサイズの合わぬメガネをかけた子が入ってきたらしい。
まぁ、見目はいい。外見も大事ではあるが、人を構成しているのはそれだけでは無いからだ。
そう問題は性格だ。その転入生がいわゆる『王道転校生』の性格と一致しているかが。
食堂に来るまでの道のりで、コウによってその王道転校生とやらが及ぼす学園への影響の危険性について十二分に理解させられた。
もちろん転入してきた子がそのような子でない可能性は大いにあるし、先輩として後輩のことは思う存分可愛がりたい。
だが、もし、もし本当にそのような子だったらと想像しただけで胃が溶けてしまいそうだ。
まずい、これでは胃薬を買っても自分ですべて使ってしまうかもしれない。申し訳ないがその時にはあの人の胃には犠牲になってもらおう。
「まぁでも大丈夫だと思うよ〜。お昼までに転入生に関してそんなに悪い噂聞かなかったし」
「そうですよね…大丈夫ですよね…!」
大丈夫であれ。
そう強く願った瞬間、食堂が悲鳴に包まれる。
まるでライブ会場で待ちに待ったアイドルが出てきた時のような喜色の混じった悲鳴だった。
「ありゃ、もう生徒会きちゃった!俺としたことが転入生くんが入ってくるとこ見逃してた」
嗚呼、嫌な予感しかしません…
コウの話で出てきていた食堂イベントなるものが始まろうとしているのかもしれない。
神様、今の瞬間だけ転入生を神隠ししてください。お願いです。
そんな願いをよそに、生徒会役員達は真っ直ぐと1つのテーブルの元へ向かう。
進行方向の先に目を向けると、不自然にボリュームのある黒髪が目に入る。そして確信を得た。
ああ、あれが噂の転入生なのだと。
転入生は生徒会役員達に背を向けて座っており、凄まじい悲鳴が響いたあとでも、呑気に席を共にする友人に語りかけている。
マイペースなのはよろしい事だが、出来れば気づいていて欲しかった。
どんどん近ずいていく生徒会役員達、比例して大きくなる悲鳴、そして何も気づかない転校生。
「お前が転校生の千登里凌真か?」
「んぇ…!?」
生徒会長がよく通る声で転校生に話しかける。
なるほど、転校生はチドリくんと言うらしい、漢字はわからない。
転校生は急に話しかけられたことに驚いたようで口に運ばれる予定だったオムライスをこぼしている。勿体ない。
「だ、誰…?」
「ん、そういえば知らないのか、俺は生徒会長の長谷川皇牙だ」
「生徒会長!?な、なんで俺のとこに…?」
「いや、まぁただの顔見せだ。こいつらがお前が気になると言って聞かなくてな」
親指で後ろの生徒役員達を指す。
会計は手をひらひらと振っているが、他の役員はチドリくんを品定めするようにじっとりと眺めている。
というか顔見せならもう少し人のいない所でお願いしたいものだ。
まぁ、私に行動を制限する権利はないから何もいえないが。
「は、はぁ…。千登里凌真です、よろしくお願いします」
「ん〜、目立つ見た目に反して丁寧だね!俺は生徒会会計の谷口楓だよ〜、よろしくネ!」
「どうも…」
「俺は中野ユキ!庶務だよ〜。で、こっちが双子の弟のセツ!」
「よろろん〜」
「んでんで、こっちが書記の柴田連きゅん!」
「ん、宜しく」
「……よろしくお願いします」
怒涛の自己紹介が始まり、会長副会長以外は忙しく顔見せを行った。
それに合わせて律儀にぺこりとお辞儀をしているチドリくん。お辞儀をする度にカツラ?がふさふさと揺れている。あっ多分いい子だな…。
どうやら余計な心配だったようだ。学園の平穏も私たちの胃も守られそうで安心した。
「凌真!先程ぶりですね」
「あ…!副会…紫苑さん…!」
「名前も覚えてくれていたようでなによりです。改めて、南紫苑です」
「急に押しかけてしまって申し訳ありません。これからの学園生活、しっかりサポートさせて頂きますね」
「あ、ありがとうございます…」
会計達に隠れていた副会長が姿を見せる。
どうやら知り合いだったようでチドリくんの顔に少しの安堵が灯る。
紫苑と名前で呼んだときはザワついたが、話している副会長の顔があまりに穏やかだからか誰も口を挟めない。
あの人あんな顔出来たのか、いつも親衛隊に見せている氷のように鋭いすました顔しか見たことがなかったので少し驚いた。
食堂の中のざわつきが収まらないまま、顔見せ会が終わったようで役員達は食堂を後にしようとしている。どうやら昼食を取りにきたのではなく、本当に顔を見せに来ただけのようだ。
せっかくなら取っていけばいいのにとは思うが、騒がしい食堂があまり好きではないのだろう。
パタリと食堂の扉が閉まる音がすると、途端にざわめきが大きくなる。あちこちから生徒会やチドリくんのことを話している声が聞こえた。
嫉妬や興味など様々な感情を含んだ視線に晒されたチドリくんは少し居心地が悪そうにオムライスを食べ進めている。
悲鳴には気づかなかったのに視線には気づけるのだなぁと思ってしまった。
まぁ、何はともあれ嵐は去り、心配事も消えたので良しとしよう。千登里くんは気にかかるが、、
「ね、大丈夫だったでしょ」
「そうですね、すごく安心しました」
「んふふ、まぁあの子が学園に波紋を広がらせるのは確定のような気がするけどね〜」
「不吉なことを言わないでください。あの子に危害が及びそうな場合は先輩としてしっかり役目を果たしますよ」
「おお、頼もしいね。さすが親衛隊総隊長様」
「あまり嬉しくないですよ…」
「まぁまぁそう言わずに〜」
「はぁ……」
嵐は去ったが、また新たな嵐が来そうだと感じ、気が重くなった。
ご飯は冷え冷えだったがしっかり頂いたので安心してほしい。
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