第一章 明治から来た男

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「あの、今はいつでしょうか?」 あなたはいつから来ましたか? より自然な質問であった。 「明治十四年は七月だが」 西郷従道が大山巌と共に那須野が原の開拓に着手し始めた年とも合致している。薩摩隼人特有のしっかりとした眼差しもあって嘘を吐いているとは拓見には思えないのだった。 「あの、城ノ元さん。今は明治じゃなくて百三十八年後の令和なんですよ」 篤崇はがはははと笑い飛ばした。その豪放磊落を絵に描いたような笑い声は西郷神社近辺に響き渡った。 「そんな訳がなかろう。そいに(ない)だ令和とは」 明治、大正、昭和、平成、令和…… 五つの元号が流れているとは篤崇も夢にも思わない。 二人はこの間にあった激動の出来事を話すのは流石にショックが大きいと思い、話すことは憚れた。 「桐山殿が言うことが本当なら、こん辺りは開拓が終わっちょじゃらせんか」 「ええ、あなた方が開拓を終わらせたんですよ」 「あのような水のない不毛の地をどがんして! 一体どれだけかかったんか」 「明治十八年には水で満たされますよ」 「な! たった四年の間になにが!」 拓見は那須疏水を簡単にではあるが、篤崇に説明した。 那須疏水。不毛の地であった那須野が原に水を通すための一大プロジェクト。当時の県令(県知事)の積極的なインフラ政策と地元の資産家の矢板武、印南丈作の両名の働きかけにより、国を上げての那珂川の疏水工事が行われることによって、那須野が原は水で満たされた地になったのである。 「成程、栃木県令や地元の資産家が東京ば来ておったのは、そげんわけだったか。伊藤殿に陳情に来ていたと思ったが…… 川を中に引っ工事の会議もしとったばい」 伊藤博文とも面識があるのか…… この城ノ元と言う男、案外大物なのではないだろうか。と、拓見と京陽は思った。 「あの、もし良ければ…… 現在(いま)の那須野が原をご覧になりませんか? 僕たちも明日一日で色々なところを周ろうと思ってるのですが」 「よ、よかと?」 「ええ、今は身よりも無しに警察に捕まると面倒ですし」 「それではご一緒にさせてもらうばい。その百三十八年の間に何があったかを知りたいとです」 百三十八年の間の激動の日本の歴史、何を話して、何を話さないか。その選別を考えるだけで拓見は頭が痛くなるのであった……
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