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「ところで、ここは西郷神社と申しちょったが…… どん(どの)西郷どんの神社になんやろうか」
「西郷従道…… あなたの上役の那須野が原での功績を讃えた神社になりますね」
「百三十八年も経てば亡くなっちょるのは仕方なかと思うとじゃが…… こうして立派な神社ば残っちょるところ、やっぱり西郷どんは立派やったと……」
篤崇は感涙にむせび泣いていた。未来のことを教えるのは良くないと思ったが、要所要所、従道の偉業を簡単に説明した。
「そ、そうでごわすか…… この国を守る防人たる偉業まで……」
「ええ、黒船以上の黒鉄の艦の建造にも大変な貢献を」
「木腐らんように船体ば黒く塗って、実は風で動いてるのに日本の島から見える範囲に入った途端にモクモクと石炭燃やしてたハッタリの艦なんかこんなもんばい。鯨ば獲るのが精一杯たい」
西郷従道の旧日本海軍の戦艦が、かつて日本の太平の眠りを覚ませた黒船よりも優れていることを知って篤崇は大層喜んだ。拓見はそれ以上に黒船の本質を見抜いていたことに驚いた。
黒船の本質。船体が黒いのは威圧でも何でもなく、木が腐らないようにタールを塗っていただけである。モクモクと煙突から蒸気を出しているのを見て、当時の日本人は皆、恐怖したが、実際は蒸気はあまり使っておらず、ほぼ風のみで動く帆船と変わらなかった。つまり、黒船の艦隊は「ハッタリ」のためだけに日本の海岸から見える沖合いで蒸気を出していたのである。尚、始めから開国を迫りにきた訳ではなく、捕鯨に来たところ、日本を発見したために流れで開国を迫ったのである。その流れが日本そのものの運命を変える流れになるとは、この当時の誰もが思うことはないのであった。
「そう言えば、西郷どん…… 隆永の方ばどうなっとるとですか? 逆賊の汚名ば雪がれたと?」
拓見は困ったように意味もなく頭をぼりぼりと掻いた。
「まぁ、あなたが知りたい百三十八年の間の出来事は出来る限り教えますので、とりあえず車に乗りましょう。立ち話も疲れるでしょう」
「それもそうばい」
三人は西郷神社を後にし、駐車場に向かった。その道中にあったお堀を流れる水を見て、大層驚いた顔を見せた。
「どうしてこがなところに水が!」
「貴方方が開拓したんですよ。那珂川の水をここまで引いたんです。この那須野が原は貴族の方々が続々と農場をお作りになろうとしていたことはご存知ですね」
「知ってるもなにも、その貴族に命じられてた」
「ああ、そうですね。釈迦に説法のようなことを言って申し訳ありませんでした。それで、貴族の方々は『水が無い』ことには農場経営は成り立たないとして、治水工事を最優先で行った訳です。那須野が原の端を流れる那珂川から水を引いた訳です」
「おいどんもそれは考えていたし、県令も地元の資産家も同じこと言ってたばい」
「確か、明治の十三年頃には工事が始まって……」
「そうだ、那珂川からどうやって水引くかって会議やってた時期だ」
「その会議から僅か五年で鍬と鋤だけでここまで那珂川の水をこんな端まで広げたんですよ。貴方方には本当に脱帽です」
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