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と、言った話をしていると、駐車場にたどり着いた。駐車場には拓見の車しか停車していない。
「馬がないではないか」
ああそうか。まだ馬車の時代か。明治の人間が自動車を見れば驚くのは仕方ない。拓見は軽くクスクスと笑った。
「えっと…… 明治の十八年とか明治の十九年頃になりますね。日本の法律の規範(大日本帝国憲法)が出来るんですよ。その規範を作るのに参考にしたプロイセン(ドイツ)と言う国がありまして…… そのプロイセンで馬無しで走る馬車、自動車が発明されたんです」
「ああ、明治政府ば出来たん時にそんな国に何人か派遣されとったばいね。弥助どん(大山巌)から西洋の土産話ば聞いたとね。あ、話の腰ば折って済まんばいね。その、じどうしゃとは何ね?」
「説明が難しいんですけど…… 馬よりも遥かに強い力を持つ鉄の塊を西洋から入ってきた石炭に変わる新しい燃料…… 貴方方の時代では臭水(石油)と呼んでますね。その鉄の塊を心臓にして、臭水を車全体に繋がる管に流して、四つの車輪を動かすんです」
篤崇は首を傾げ、うーんと怪訝な顔をしながら唸っていた。話の一割も理解が出来てない体であった。こうなれば実際に乗ってもらうのが早いとして車に乗ってもらうことにした。
「さあ、後ろの座席にどうぞ」
「う…… うむ」
篤崇は困惑しながら、後部座席の中央に座った。二人もそれぞれ運転席と助手席に座る。
拓見はイグニッションキーを回した。馬の嘶きを思わせるエンジン音が車内に響き渡る。
篤崇はそれを聞き思わず身構える。
「な、なんだ! 馬でもおるばいか!」
「鉄の塊…… いや、鉄の心臓で走るんですよ。この車は」
驚くことばかりの篤崇に更に追撃が入る。彼の目線の先にあったカーナビゲーションが起動したのである。
「うわっ! 小さな窓に動く絵が出てきた!」
カーナビゲーションを明治の人間にも理解るような適切な説明を考えたが、どうにも閃かない。不思議に思うなら思わせたままにさせておいた方が面倒も無いと判断した拓見は余計な説明をせずに車を走らせた。
篤崇は窓から早く流れ行く風景を見て驚きを隠せずにいた。馬車よりも遥かに速い速度を出すこの車を心から凄いと思うのであった。
「き、桐山殿…… 速いですな」
「ええ、これが自動車です」
「これがあれば大久保卿も……」
篤崇は紀尾井坂の変で暗殺された大久保利通のことを思い出し、目に涙を溜めていた。
大久保利通も出生は西郷兄弟と同じ薩摩藩の加治屋町、すなわち篤崇と同じ郷中教育を受けていた同志になる。
この車であれば、不逞奸賊共から逃げ切ることも可能だったに違いない…… たらればを考えても仕方ないことであるが、やっぱり考えてしまう。篤崇は涙を拭った。
「桐山殿は……」
「こんな畏まった呼び方しなくても結構ですよ。拓見君とかもっと親しげに呼んでもらって大丈夫です」
「あ、あたしも桜庭殿とかじゃなくて京陽ちゃんとでも気安く呼んでもらっていいですよ」
とは言うが、京陽は一度も名前を呼ばれていない。
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