第一章 明治から来た男

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 車は暫くの間街道を流し、本日二人が宿泊予定だったホテルに辿り着いた。このホテルにドレスコードはないのだが、明らかにぼろ布同然の開拓民の風体をした篤崇を見て女将が訝しげな顔をする。それに気がついた京陽が拓見に言った。 「あの、城ノ元さんの服買ってきます」 「おう、そうだな。今日は浴衣でいいとして、明日から一緒に周る時に相応しい服装っていうと、背広だな。あの、城ノ元さんの身長は」 「五尺九寸(179cm)でごわす」 当時の成人男性の平均身長の155~160cmより高い。やはり、西の端にて郷中教育により鍛えられ仏教の不殺傷の軛を外し肉を食べていたおかげで背は高いのだろうか。拓見は当時の薩摩隼人の逞しさの実際を見るのであった。 急な宿泊人数の追加にもホテルは態度良く対応してくれた。今回取った部屋は二部屋、両方とも和室であったために、布団一組の追加に食事の一人前の追加のみでことは済んだ。篤崇は部屋の窓より那須野が原を一望し、未だに「あの不毛の荒野がこうなるとは」と信じられないような顔をして驚いていた。 広大な大浴場、小さな滝が手元にあるようなシャワーたるもの、アーク灯とは違うLED電灯、絹のようで着心地のよい浴衣、テーブルの上に置かれた尋常でないぐらいに甘い西洋菓子(ただのクッキー)、何もしていないのに水が流れる便所、てれびじょんとか言う薄い板に描かれた絵が動く摩訶不思議な現象…… 何もかもが篤崇にとっては新鮮で驚きの連続であった。 「拓見くん、ここは本当に極楽浄土や天界ではないのか?」 「ええ、ここは確かに日本の那須野が原ですよ。あなたがいた大日本帝国は那須野が原の百年以上先の明日(みらい)の姿になります」 「信じ難い話だ」 「信じてもらいたいところです」と、拓見が言ったところで京陽がスーツカバーを片手にホテルに戻ってきた。その反対側の手には女性が片手で持つには辛そうなぐらいの量の酒が入ったレジ袋が握られていた。
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