第一章 明治から来た男

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「維新志士とされる人達の中では一、二を争うぐらいに名前は残ってますよ。薩長同盟の(なかだち)が主な功績になってます」 「あいつ、西郷どんとよう酒飲んどったな。脱藩して後ろ盾がないから飲み代は毎回薩摩藩持ちだったばい。おいどん達が禁門の変でハメた長州の奴らとも飲んどったばい。あいつ、両陣営とコソコソ酒飲んでるから間者(スパイ)を疑ってる奴多かったたい。土佐の主君と同じでええかっこしいの蝙蝠野郎言う奴もおったわ」 「酔えば勤王、冷めれば佐幕。山内容堂さんですか」 「そうじゃそうじゃ、そんな名前じゃ。関ヶ原で戦った長宗我部ン土地(トコ)に土足ばズケズケ入って来た山内一豊の末裔じゃあ。後から来たぽっと出のくせに土佐を上士(山内家家臣)と郷士(長宗我部家家臣)ばスッパリ分けたとばい。土佐者のまた聞きでしかないけど、何でも上士は郷士を奴隷程度にしか思ってなかったとか」 「後に伝わる話ではこの状況を変えないと思った坂本さんがこんな体制を変えるために脱藩したって話になってますね」 「坂本どんの家ば、郷士だけど豪農で上士より金は持ってたらしいでごわす。上士が郷士に金を借りるって状況にもなってたらしいでごわすよ」 小説で書かれた龍馬像との乖離に二人は違和感を覚えた。坂崎紫瀾の描いた英雄(ヒーロー)たる坂本龍馬は幻影なのではないかとさえ思うようになっていた。 「あの、坂本龍馬…… さんが誰に殺されたかって言うのは…… 未だに誰が殺したかって令和の今になっても議論がなされているので教えて貰えれば」 ストレートに聞くとはなんて女だ。拓見は思わず苦笑いをしてしまった。 だが、これで歴史のミステリーが解明されるなら安いもんだ。拓見は固唾を呑んで篤崇が口を開くのを待つ。 「当時の京都は人の首が鞠つきの鞠みたいに転がってきたり、砂煙が血煙に変わってるような町ばい。誰が殺ってもおかしくなとね。それにあいつはさっきも言ったけど脱藩した浪人ばい、土佐からすれば死罪対象、その死罪対象が京都で活発に動いてると知れば土佐から刃もった奴らが来てもおかしくないし、土佐藩の方が幕府に頼んで斬るように言うても不思議じゃなか」 「京都見廻組の佐々木か今井が一番有力だって」 「残念ながら知らんし、分からん。おいどんもいつかも覚えていない朝も早い時間に薩摩藩邸に長州の使いばから坂本どんが殺されたと聞いただけでごわす」 知らないなら仕方ない。ずっと車の運転をしていた疲れが溜まっていた拓見は大欠伸をした。 「もっと話を聞きたいところだけど、僕は明日も運転があるのでもう休ませて貰うよ。篤崇さんはまだお酒の方、飲んでて貰って結構ですよ」 「これはありがたいでごわす。こんなに酒ば飲める女子(おなご)ば会ったのは初めてばい」 拓見は自分の部屋に帰ろうとスッと腰を上げた。ドアに手をかけたところで京陽に向かっておいでおいでと手招きをする。彼女は大酒を飲んでいるにも関わらずに千鳥足にもならずにまっすぐ拓見の方へと歩いてくる。 拓見は京陽に小声で言った。 「一緒に酒を飲むのは構わない。ショックを与えるような出来事を言うのは……」 「ちょっと、基準が分からないんですけど……」 「オリムピックとか楽しそうな話で…… その辺りは上手く頼むよ」 「ラジャ」 京陽は軽くサムズアップをした後、再び篤崇との酒盛りへと戻って行った。このホテルには酒の自動販売機もあるし、少し歩いてコンビニエンスストアに出ればワインの補給も出来るし、現在の芋焼酎もあるだろう。二人共明日に影響が出ない程度に酒を楽しんでくれと思いながら、拓見は床に就いた。腕枕を組んで部屋の天井を見ながら考える。 凄い人と知り合いになってしまったものだ。と。
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