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第二章 狂を介して今日がある
翌朝、拓見はカーテンから漏れる陽光が目に入り目を覚ました。酒宴も酣と言うことを忘れて一晩中飲んでいたのかあいつらは…… 拓見は不機嫌そうな顔で京陽の部屋をノックする。二回ノックをしたところで篤崇が実に爽やかな表情をしてドアを開けてきた。
「あ、おはようでごぜもす」
「お、おはようございます。もしかして一晩中……」
「ええ、三時か四時にはおいどんも寝たでごわすが」
拓見はずいずいと部屋の奥に踏み込んだ。奥の和室にはあらゆる酒の空き瓶や空き缶が転がっていた。
「一時ぐらいに酒が切れて、この宿の近くにある『こんびに』と言う萬屋に酒を買いに行ったでごわすよ。あんな夜中に酒を買いに行けるとは…… 鉄の箱からもビールが出てくるわ、驚きすぎて酔いも覚めることの連続ですたい」
「ははは、これは何より」
酒瓶の大量に乗ったちゃぶ台には京陽が突っ伏して眠っていた。全くこいつは…… 拓見はやれやれと言った感じで彼女を揺すって起こす。
「あ…… おはようございます」
「昨夜はお楽しみで何より。二日酔いとかはしてないよな?」
「大丈夫です。あれぐらいで二日酔いする程ヤワな体の作りはしてません」
あれぐらい。とは言うがテーブルの上の木目が見えない程に酒瓶や酒の缶が転がっている。こいつもしや酒樽で飲んでも平気なのではないだろうか。拓見は京陽の頭を軽く小突いた。
それから三人は朝食に向かった。篤崇はホテルのバイキング形式の食事に興奮し、感動を覚えていた。
「な、なんでごわすか! 何かの祝いの晩餐会が朝に開かれているでごわすか!」
赤絨毯が敷かれ、天井に悠然と輝き光るシャンデリア、真白な布の敷かれた長机の上に乗せられた銀の大皿、そこに乗せられた色とりどりの料理。明治時代の人間から見ればホテルの食堂は贅の粋を集めた晩餐会を思わせるには十分だった。
「ホテルの朝ごはんってみんなこんな感じですよ。パンでもご飯でも何でも好きにとって下さい。あそこに乗ってる食材みんな、地元の食材ですよ」
「あの米もでごわすか?」
「はい、『なすひかり』とか『なすそだち』とかって由緒あるブランド米ですよ」
「その『ぶらんど米』と言うのはよく分からんでごわすが、凄い米と言うことでごわすか?」
「そう、なりますね。日本全国の米作りやってる人が一か所に集まって米を持ち寄り食べて決めるお米ですね」
「では! この牛のたたきもこの那須野が原で育った牛でごわすか?」
「はい、那須野が原牛(那須和牛)って言ってブランド牛になってますよ」
「また『ぶらんど』でごわすか」
「僕も良くは知らないんですけど、餌に先程話した米を使って、この広大な大地でのびのびと運動をさせて、尚且この辺りは寒暖差が激しいので肉がよく引き締まって、脂身と赤みの割合が絶妙になるそうです」
二人がこんな話をする側、京陽はパンをトングで挟んで皿の上に乗せていた。それを見て篤崇はうんうんと頷く。
「このパンももしかして……」
「これを作る麦も牛乳も那須野が原産ですよ。パンに付けるジャムや蜂蜜も那須野が原産です」
「何と! 養蜂まで成功しておるのか!」
これ以上驚かれては終わる朝食も終わらない。二人はさっさとテーブルに付いて食事を始めた。篤崇も慌ててそれに付いていき食事を始める。
三人が食事を終えると同時にその横をカートが通った。カートの上にはアイスクリームやチーズケーキがびっしりと乗せられている。それを見た瞬間に京陽は満面の笑みを見せた。
当然、これらは那須野が原の農場産である。
「スイーツ、持ってきますね」
京陽は酒も好きだが、同じくらいに甘い物も好きである。三人は濃く甘い乳製品の味を堪能し、やっとのことで朝食を終えた。
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