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拓見は倒れた男の脈をとり、口元に耳を近づけて息を確認する。脈をとる際に見えた手のひらはマメが潰れた跡がびっしりとついており、手のシワには茶色く土が入り込んでいた。
「生きてる。桜庭くん、すぐに救急車」
「はい」
京陽はスマートフォンを出し電話アプリケーションを起動し119をプッシュした。11まで押したところで、倒れた男がパチリと目を見開いた。
「あ、良かった。気付いたんですね」
「だいや!(誰だ) ここはどこじゃ!」
男は叫んだ。訛りが強く何を言っているのか分からない京陽は困惑し119番を押す手を途中で止めてしまった。
「えっと…… あの…… 大丈夫ですか?」
「だいじゃちと聞いちょ!(誰だと聞いている!)」
やはり訛りが強すぎて何を言っているのかが分からない。京陽は字幕テロップを天に求めた。
拓見は顎に手を当てて男の言葉に耳を傾けていた。この強い訛りは鹿児島で暮らす祖父と似たようなものであったために、何とか聞き取ることが出来た。
「すまんたい。こん女子、鹿児島ん言葉聞き慣れんたい。許してやってほしか」
京陽は更に驚いた。訛りは強くないものの鹿児島弁を喋る拓見を見たからである。
拓見の方としては祖父の言葉遣いを真似しているだけだった。
「お前、薩摩ん言葉話せっと?」
「親戚に鹿児島の縁もんがいるたい。それより、標準語ば話せんとか? こん女子ば、おいどんらの話ば分からんで困っとぉ」
「ひょう…… じゅん…… ご? 何それば?」
標準語が分からないとはどういうことなのだろうか。それにこの服装、まるで明治時代の開拓民が着るような服装である。拓見はまず、一つの仮説を立てた。
「桜庭くん、とちぎフィルムコミッションに電話」
「え? 救急車呼ぶ方が……」
「いいから。那須野が原開拓の映画かドラマの撮影やってないか聞いて。そうそう、西郷神社の近辺の加治屋町の辺りの話をどっかの映画会社やテレビ局にしたかってこともついでに頼むね」
京陽は二人から少し離れてとちぎフィルムコミッションに電話をかけ、尋ねた。それをみて男は驚いた顔を見せる。
「あん女子、なんばっしょっとか? 耳に小せ板ばあてて。ぶつぶつと」
「気にせんでよか。それより、なんでこんなとこば倒れちょった?」
「おいどんもようわからん、蛇尾川ん近(近く)うで開墾ばしてたら、ちょっか(いきなり)大波がきて、飲み込まれてしもうた、目ば覚ましたや(目を覚ましたら)木ばよかひこ生えちょ(木がいっぱい生えているわ)、家が多う出来ちょう……(家が多く出来ていて)…… おいどん、もしかして極楽浄土ば来てしもたんか! ここが極楽浄土なら、お前は天人様か? さっきから一人でぶつぶつ言っとるあの女子は天女様か?」
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