第一章 明治から来た男

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男は京陽がスマートフォンで話す姿を見て極楽浄土の神との対話をしているように見えていた。京陽がとちぎフィルムコミッションとの話を終えて帰ってきた。 「今日は映画の撮影もドラマの撮影もないそうです。那須野が原開拓の映像作成はここ数年してないそうです」 「そうか……」 拓見の仮説一、ドラマか映画のエキストラ説は否定された。仮説二を考えている最中に男が割り込む。 「ところで、あん石で出来た本殿はないじゃしか?(なんですか) 極楽浄土にも神社ばあっとか?」 「あ、ああ…… あれば西郷神社ばい」 西郷神社。その名を聞いて男はいきなり態度を豹変させた。 「どういうことばい! 何故(ないごて)! 西郷どん名前がちた(ついた)神社があっとな!」 この態度の変えようを見て拓見は仮説二が瞬時に閃いた。だが、それはありえないし非科学的であると思ったが、確かめずにはいられなかった。 「少し話しば戻っけど、標準語…… いや、長州者(ちょうしゅうもん)や東京府の者と話す言葉でもれんか」 「ああ、明治政府の中は薩長土肥のお偉いさんが集まっとでな。みぃんな、なぁに言ってるか分からねぇから共通する言葉を作ろうって話になってたな。確か「通語」だったとばい」 「そうそう、なるべく通語で話して欲しいんです」 通語。各地方の方言から日本語としての共通点を抜き出したもの。各地方の方言を東京府にて一極集中し昇華し、作り上げた言葉が後の「標準語」である。 尚、明治政府内部では政治家同士の会話のために早期に使用していたのだが、日本全国に「標準語」が広がるのは大正十四年から始まるラジオ放送まで待たなければならない。 「通語で話さんばいけんとは、極楽浄土も難儀な場所ばいね」 通語で話すとは言うが薩摩弁はなかなか抜けないものである。
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