第一章 明治から来た男

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「残念ながらここは極楽浄土じゃなくて那須野が原は大田原市の加治屋です」 「大田原市? もう大田原県は府県再編で宇都宮県に統一されて、今は栃木県ばい」 これを聞いて拓見は目の前にいる男を、仮説二、この男は明治からやってきた時間遡行者(タイムトラベラー)だと認識した。コスプレイヤーや歴史マニアに担がれている可能性も頭の片隅に入れる。 「おいどんば、西郷どん…… 西郷従道卿から命を受けてここに来たんだ」 確信を得てしまった。この人は明治から来た時間遡行者(タイムトラベラー)であることは間違いない。時間遡行(タイムトラベル)の方法は恐らく、先程言っていた「川に流された」ことが関係するだろう。とりあえず、名前を聞いてみることにした。もっと話を聞かなくてはいけないのに相手の名前を知らなくては話にならない。 「あの、名前の方は。あ、私は桐山拓見、東京にて大学教授をさせて貰っています」 「大学教授?」 「ああ…… 福澤諭吉もまだ慶應義塾に大学を作ってない頃か…… 説明がいちいち面倒くさいし難しいな……」 拓見は困ったように無意味に頭を掻いた。大学の概念すらない時代の人間にどう説明すればいいのだろうかと頭を抱えた。 「福澤諭吉? 蘭学塾ば開いたん方でごわすか! 確か中津藩の福沢ってすげぇ頭のいい奴が開いたって」 この男はこの頃には江戸(東京)で活動をしていたと言うことか…… 目の前にいる男が生きていた時代の割り出しが少しずつではあるが出来てきた。パズルのピースを埋めるようにこの男のことがわかってきて拓見は気分を良くしていた。 「申し遅れた。おいどんば元・薩摩藩士族、城ノ元篤崇」 拓見は名前を聞いた瞬間に横で一言も発せずに横で話を聞いていた京陽にアイコンタクトを送る。京陽はそれに応えてスマートフォンで城ノ元篤崇の名前を検索し始めた。 出てきた結果は信じられないものだった。検索結果は僅か一件、鹿児島の大学生がインターネット上に乗せた論文のみであった。それも小西郷をテーマにした論文の中の数行だけである。 城ノ元篤崇、薩摩藩出身の元・維新志士。西郷隆盛の弟、西郷従道の元に勤めていた男。幕末から明治の始まりまでは西郷隆盛に勤めていたのだが、西南戦争を機に弟の従道に勤め先を変える。 西郷従道が開拓使長官を任じられた頃に那須野が原の開拓班に配属された後、神隠しに遭い行方不明。 と、短い記述しか残っていないのであった。参考資料も鹿児島県の図書館に置かれた古い文献のみで真実かどうかも分からない。こんなマイナーな人物の名前を名乗る歴史マニアもそうそういないだろう。そう考えると、本人の可能性が高いと拓見は思うのであった。 京陽はまだ疑いの目で篤崇を眺める。そして、尋ねた。
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