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当日の夜勤始業前、俺は胸を高鳴らせながら聡美の持ち場へ近づいて行くと、聡美は待ってましたと言わんばかりに満面笑顔になった。確かにそれは好意の笑顔で俺が話し掛けて来るのを歓迎する笑顔だった。が、俺を恋愛の対象として歓迎する笑顔では無かった。
この時、全く盲目となっていた俺は、後者の笑顔だと独り合点したから、よし、いけると思って、「あのー、飲み会で俺に迫って来たけど、ひょっとして俺に気があるの?」と軽い調子で聞いてみた。
すると聡美は俄かに青眼から白眼に一変するや、笑顔から渋面に一変して、にべもなくきっぱり、「ない」と一言で返した。
聡美はそれ以上、何も言わなかったが、忌々しそうに俺を礑と睨みつけた。
俺は段々怒りを増して行く取り付く島もない聡美に恐怖しながらも余りにも意外な返事だったので、「な、ない?」と聞き返してみたが、聡美は口を真一文字に結んだ儘、反動をつけるべく少し顎を上げたかと思うと肘鉄砲を食らわした勢い其の儘に首をむんずと縦に振った。で、仕方なしに、「あっ、アハハ」と俺は力なく笑って見せた後、「そ、そっか」と呟いて負け犬の様に退散した。そして自分の持ち場へ向かう中、あんなに迫って来たのにあれは一体何だったんだ?!と不可思議になるも普段から職場で独身貴族の部長の藤田をスパダリにしようと勤しんでいる聡美を思い出し、あの剣幕から察するに出来れば自分にこう怒鳴りたかったのだろうと想像した。
「31で派遣で働く将来性も安定性も経済力も夢も希望も何にもない男なんて眼中に有る訳ないでしょ!僕は燻ぶってて世間知らずだから教えてやるんだけどねえ、ああいう場ではねえ、その時、その時さえ楽しければ何だってするものよ!何、本気にしてるの!いい年こいて煽てに乗ってバッカじゃないの!」
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