12人が本棚に入れています
本棚に追加
忘年会帰り
クリスマス前、キラキラと輝く駅前の街路樹は今の俺には美しく見えない。
柵に座り手を揉みながら、来る気配のないタクシーを待っているからだ。
時計の針は午前2時を回ろうとしている。
忘年会の3次会が終わり解散したはいいが、同僚達が友人家賃奥さんに迎えに来てもらう中、俺は1人大丈夫と言ってがらんとした駅のロータリーに取り残された。
客のピーク時間はとっくに過ぎているため、普段なら長蛇の列を作る車両が1台もない。
俺と同じ理由かは分からないが、離れたところに座る30〜50代の男性がチラホラ身体を縮こませている。
目の前の幹線道路に顔をやっても走り去るのは乗用車か時間関係なく働くトラックくらい。
どうせまだ来ないだろう、恐らく当たる予想に乗っかり信号を渡ったすぐのコンビニまで缶コーヒーを買いに行った。
軽く物色して店を後にしたが、遠目でもタクシーがいないとわかる。
店先で青信号を待つ間に小さな缶で両掌を温めた。
横断歩道を渡る時、その真ん中くらいで顔に引っかかる感覚があった。森の中で蜘蛛の巣に引っかかるような僅かな感触で、俺は見えないそれを手で払いながら薄い膜を突き破る様に渡りきった。
そうしてとことこ歩いて戻ったらさっきより人が増えていた。
今度は男性以外に女性も何人か座り込んでいる。男性は年齢層に幅が出て、見た目70歳以上の人も何人かいた。
帰れなくなった人がいるのは不思議じゃないが、これだけ多いのは忘年会シーズンだからか?
そんなことを考えながら元いた柵に腰を下ろす。
プルタブ押し込み、ちょっぴり熱いくらいのコーヒーを喉に一口分飲み込む。食道から胃まで温かみを感じる中、辺りを見ていたら、ふと気づいた。
視線を外す度、ロータリー周りの植込み前や駅の建物の壁際、そして俺が座る鉄柵に居座る人の数が増えていることに。
まるでその場から生えてきたように、1秒も経たない瞬きの合間に人が現れる。
しかも老若男女関係なく幅広い人々が何かを待っているのか、寒さに身を縮こませている。
俺は首筋から腰まで背中全体からぶわっと冷汗が吹き出した。
酔いはとっくに覚めている。
眠気がある訳でもない。
なのに、目の前で起こる現象の説明はつかない。
そうこうしているうちに、始め閑散としていた深夜の駅前は日中の活気を取り戻していた。
ただし、皆一言も話さない。
感情を奪われたかのように生気なく立っていたり座っていたりする。
何百人といる場で全く音がしないこの状況、異常が日常の様に存在している光景を見て俺は頭が狂いそうだった。
もうタクシーを待つどころじゃない。
柵から立ち上がり、人混みをかき分けてここらか抜け出そうと動いた。
その時、道路の方から衝撃音と振動がした。
驚き振り向くと、ロータリーの中心に周囲の高層ビルにも引けを取らないほど巨躯の仏像があった。
お寺にあるような木製の古い見た目じゃなくて、極彩色で肌の白い生きているみたいな観音像。
するとさっきまで微動だにせず突っ立っていた人々が血走った目の阿鼻叫喚の如き様相で、その仏に向かって走っていった。
そして足元に縋り付き少しでも上へ上へ行こうと押し合い圧し合いを繰り広げ始めた。
観音像は何するわけでもなく、人々のなすがままにしていた。
それを眺める俺はとても脳の処理が追いつかなかった。突然の出来事になんの反応も出来なかったのだ。
すると急に観音像の目がギョロり動いた。
俺を見つめてきたのだ。
動いたことに驚く俺は全てを見透かす様な視線に目を逸らせなかった。
"そこの人"
「えっ」
頭の中に他人の声がした。
"貴方は未だ生を全うしていない。何かの拍子に此処へ迷い込んでしまったのでしょう。"
「…………」
どう考えても眼前の観音像が俺に喋りかけていた。
"ここは貴方の様な人が来る場所じゃない。早く元の場所にお戻りなさい。"
それが聞こえた直後、突如身体に浮遊感が沸き起こり視界が暗転した。
「ちょっとお客さん、大丈夫ですか?」
時間にして5秒足らず、気づけば俺の目の前にはタクシーが止まっていた。運転手は俺を怪訝な顔で話しかけていた。
そして促されるまま車に乗り込み、何事もなかったかのように家に帰った。
帰宅して時計を見ると、ロータリーで2時頃から長い間待 っていたにもかかわらずまだ3時にもなっていなかった。
巨大な観音像と無表情な民衆。
観音像が言った言葉からして、恐らくあの場にいた人たちは既に亡くなっているのだろう。
俺はそこにたまたま入り込んでしまったのだ。
多分、コンビニからロータリーに戻る時、横断歩道で感じた感触がその合図だったんだろう。
あそこで観音像を待ち続ける人々は生前何をしてしまったんだろうか。
死後もああして、延々と救いを求め続けなければいけない程のこととは、一体なんなのか。
できればそれをしないまま、俺は死にたい。
最初のコメントを投稿しよう!