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「そんなことってある!?」
朝、家を出ると、健太の目の前に相沢が立ちはだかっていた。
健太はそれを見なかったことにして、すたすたと学校への道を歩き出した。
「ちょっと」
そんな健太のことを、相沢が追いかけたきた。相沢のことなどどうでもよい。健太は、それどころではなかった。
ひかりからの返信が来ないのだ。その事実にまた、ひとり大きくため息をついた。
「ちょっと朝からそんなため息つかないでよ」
健太のため息をみて、相沢がそういった。健太はそれを一瞥すると、またすたすたと歩き出した。
「ちょっと、おいてかないでよ」
相沢がそれについて行く。
「ついてくんなよ」
健太は昨日を思い出し、思わずそう言ってしまった。
「いいじゃない、お隣さんどうしなんだからさ」
相沢はそういうと、健太に微笑みかけた。そして、健太の隣に追いつくと一緒に歩き始めた。
「お隣さんで、おんなじクラス、おんなじ委員会なんだしさ」
相沢はそういって健太をちらりと見た。その目が、健太の目とあった。
その瞬間に相沢はあわてて視線を外した。胸がドキドキする。そう思いながら。ああ、かっこいい。
そして、その日の午後、事件は起こった。
ひかりからの返信がきたのだ。
時間は午後3時51分。健太がうららかな春の日ざしを受け、夢の世界に行きかけていた瞬間だった。健太のスマホがぶるっと震えた。健太はすかさず画面を見た。そこに、ひかりの名前があった。
健太はそれに思わず「うっしゃ」と声を出しながら立ち上がり、教室中の視線を集めることになった。
その視線が突き刺さり、健太はゆっくりと席に座った。
そして、スマホを取り上げられた。
「放課後職員室に来なさい」
健太はその日の残り、死んだように過ごしたのは、言うまでもない。
ホームルームが終わった瞬間に、ダッシュで健太は教室を後にした。そしてあらかじめ勇介に聞いていた職員室までの廊下を全力で駆け抜けた。
そして、見事、職員室にたどり着くことができた。愛の力だ。そう思った。
「失礼します」
大きな声で、大きな音を立てながら職員室のドアをあけると、それに驚いた教師たちが一斉に健太の方をみた。しかし、そんなことにうろたえる健太ではない。スマホを取り上げた数学の佐野先生を一心不乱に探した。そして、見つけた。
「佐野先生」
「ああ、石松くん」
少しの説教と、「以後気を付けるように」ということばで健太はすんなりとスマホを取り返すことができた。スマホを受け取った健太の手は、佐野もわかるくらいに、震えていた。それが妙に心配で、
「きみは、スマホ依存症かね」と健太にたずねた。
「ありがとうございます」
健太にそのことばは届かなかった。それだけいって健太はまた全速力で職員室を後にした。
そんな健太に佐野先生が心配そうに首をかしげた。
早くメッセージを見なければ、いや、でも、会えないとかそんなこと言われたらどうしよう、こわい、見れない、見たくないと、乙女チックなことを思いながら、健太は家路を急いだ。
とにかく精神を落ち着けた状態で見なければならない。そのためには、家に帰りベッドに寝転がる必要があった。
何があっても揺るがない精神を。
ああ、ひかりの父親がそんなことを言っていたような気がする。
そんなことを思いながら、健太は全速力で家に帰っていった。そして、高速で扉をあけ、扉を閉め、ベッドにダイブした。
スマホは今、この手に握られている。
鼓動が高鳴るのがわかった。
ひかりからやっと返信がきた。その事実だけで思わず顔がにやけてしまう。
しかし、内容を確認しなければ、確認しなければ。
健太は画面を開いたが、恐怖のため、思わず顔をそむけた。そしてぱっと大きく目を開いた。そしてまた目をつぶり、今度はゆっくりと開いていき、細め、片方つぶったりしながら、ひかりのメッセージを開いた。
開いた瞬間、思わず目を閉じてしまった。
健太は再度ゆっくりと目を開け、内容を確認する。
「健ちゃん、久しぶり。私も元気だよ。連絡くれてありがとう。すごく嬉しい」
すごく、嬉しい。そのことばに健太は思わずガッツポーズをした。
嬉しい、嬉しい。そのことばが健太の頭のなかで何度もリフレインした。
思わず顔がにやける。にやけを通り過ぎて、涙が出そうになってくる。
「連絡遅くなってごめんね。お父さんが、スマホなかなか返してくれなくて」
「お父さん!」
健太が叫んだ。そして、思わず腕で目を覆った。
お父さん。嫌なことばだった。健太は、そのことばに、ひかりの父親のことを思い出した。
小さなときはよく一緒に山に行ったり、海に行ったりしていたが、いつの頃からか、ぱったりと姿を見なくなったお父さん。そして、健太が引越す直前に、急に現れたお父さん。久しぶりに会った健太に「こんなひ弱な奴はダメだ」と言い放ったお父さん。そして、ひかりと健太とを引き離した、お父さん。。
思い出すだけでも涙が出てきたが、しかし、そんなことは気にしていられない。
健太はもう1度目を開け、再び続きを読んだ。
「やっと返してもらえたから、返事ができました」
それに健太は思わずほっと一息ついた。よかった。ひかりのスマホが返ってきて。まるで南極に行ってきた友の帰還を喜ぶかのごとく、健太はひかりのスマホが、ひかりのもとに戻ってきたことに安堵した。
次の1文でさらに状況は変わった。
「今度の日曜日なら、会えると思う。また返信くださいね」
健太はこういうとき、どうしたらいいのかわからない。
とりあえずベッドから起き上がり、浮かれすぎたせいで、弁慶の泣き所をベッドに打ち付けたことだけ、報告しておく。もちろん、愛に燃える健太には痛くもかゆくもなかったが。
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