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01:裏腹な空模様
「今日は天気が良くて良かったねえ」
「……」
「それにしても、やっぱり那須野が原はいいところだよねえ。特に建築の勉強している身としては、堪らないものがあるよねえ」
「………………」
懸命に声を掛ける小沢いずみの発言を晩秋の風と共に聞き流す少年の名前は江口朔。いずみと同じく建築のスペシャリストになることを志し、共に学ぶ同期であり、「お」から始まる小沢と「え」から始まる江口である関係上、よく学籍番号による振り分けでペアとして活動する間柄でもあった。そんな二人の関係性は、気心の知れた仲と言っても大きな問題はないだろう。
事実、入学してから今まで校内で行われたペアでの活動は勿論、くだらない雑談等にも一切支障はなかった。
という前提があっての、この有様。
相槌も打たなければ、視線も合わせない。
不平不満を口に出さないとは言え、押し黙られてばかりでは、改善のしようもないだろう。さすがのいずみも苛立ちばかりが募ってくる。
「ったく、江口くん。いったい何が気に入らないのよ?」
「……………………別に」
「 」
長い長い沈黙を敢えて置いてまで語る言葉が【別に】というのは、いかがなものか……。
いずみは頭を痛めつつ、旧塩原御用邸新御座所の造りをじっくりと観察することに専念する方向へ舵をきる。朔の行動が理不尽且つ意味不明な態度とは言え、そのことに気を取られているわけにもいかない。まずは、ここに来た目的を果たすことを第一に考えるべきと言えるだろう。
「江口くんも建物はしっかり見ないと! 教授から単位もらえなくても知らないから!」
いずみが語気を強めて語る通り、建物見学必須のレポートの提出が義務付けられている以上、真面目に取り組んだ方がどう考えても得策と言えるだろう。
「…………分かってるよ」
大人気ない対応ばかりしていた朔も、流石にそのくらいは弁えているらしい。
消え入るような小さな声で、視線を逸らしつつ答える朔自身、その点についてはいずみと同意見らしい。斯くして、いずみと朔の暗雲立ち込める学外課題調査がスタートしていった。
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